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柳川のひな祭り、「さげもん」

3月3日旧暦も忘れられて、、、おひな祭り。♪明かりをつけましょ雪洞に、、、お花を上げましょももの花、、、この童謡の作詞者は、意外にも『どら息子』のサトー八チローなんですね、、、
そして、この歌詞にもある『お花』と言うと、その土地で領民から慕われた昔のお殿様「立花さま」のお屋敷の由緒ある建物のが残されて、、名物『うなぎ』うな重を賞味できるんですね。
おはなうなじゅう
ここのお殿様の慈悲深いというか、心の広い、領民を思いやる気持ちは、今に伝えられています。九州は柳川、、、お雛様にもほかで見られぬ『さげもん』をお雛様がかすんでしまうほどに飾り下げて『上巳の節句』を祝う風習が残っていますね。
yanagawasagemon.jpg

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瓜の蔓の、、、話

日本のお正月はとっくに過ぎましたが近隣諸国の農暦のお正月は、やっと10日前でした。初夢の縁起のよい3つのものは
1富士2鷹3なすび、、、とされてきましたが、、、よくいわれが判りません。
鷹は猛禽類ではありながら、とんびが鷹を産んだという、たとえのようにまあ縁起のよいほうに属する鳥なのでしょうし、富士山が日本一にケチなどは付けられそうにもありませんが、さて『なすび』は、、となると、、、ど玉も首も捻ってしまいますね。
たとえ言葉を捜しても、せいぜい「瓜の蔓になすびはならぬ」と蚊帳の外に置かれるような按配のことでして、、、。
瓜の方でしたならばこんなお話もあるのですが、、。
私どもが、旧制中学の4年生のことですから65年以上前のお古いお話ってことになります、、
担任で、当時の英語の先生にあだ名は「ふぐ」お生まれは隣の岐阜県本巣郡真桑村のお寺さんの出、とても真面目一方の先生でした。ある日、この次の英語の時間に、テストをする、との予告があり、そのテストの1つに授業の教科書の範囲を超えて和文英訳をいくつかしてもらうよ、、というもの。て当日になって、びっくり、、その和文英訳設問がなんと、「わが真桑村の名産は真桑瓜である」『瓜の蔓になすびはならぬ』、、、当時はやりかけた流行語で言う『魚ッ!』でありました。
とうじ、尾張平野の瓜は白瓜で「カリモリ」という瓜があり守口大根同様に粕漬けにすると飴色に染まって、真桑瓜と味の差別がつかなくなる、、、という代物でしたから。マクワウリとカリモリの画像です。
200px-Makuwauri.jpgカリモリ2

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日本の市制の始まり

日本の幕藩時代には、郡はありましたが、市はありませんでした。郡代という郡奉行が居て郡部の政治から取り立て裁判まで仕切っていたようです。外国の見聞記から市制度が地方の産業振興に必要という考えを持っていたのが、惜しくも刺客に暗殺された他ならぬ坂本竜馬だったがために、ご一新がなっても、明治新政府の上ツ方どもは、なかなかそこまで手が回らず鹿鳴館時代というたるんだ10年という大事なときを、空費して、市制を布告することになったという告示が出たのが、明治22年2月、予定されるとした36都市の名前が参考に挙げられました。そして同(1889)年4月に下図のような31市が誕生ています。
明治22年4月31市mc001
2月の時点では名の挙がっていなかった佐賀市が、葉隠れは遅れはとらじと、滑り込みセーフしていますが肝腎の東京市と、名古屋市が滑っています。先ずは人口が集中したままの雄藩の城下町と開港の港町から、、というところでしょうか。

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真空管回顧録;21:ラジアルビーム出力管の出現

受信管の出力管で、4極管のスクリングリッドの先に、ビーム偏向電極を置くと、或る程度以上の熱電子流密度になると、サプレッサ^グリッドを省略しても、プレートからの2次電子放射が、スクリングリッドの効果を妨げず、ビーム効果が期待できることで、4極ビーム出力管が開発されました。これらが、HF帯の電波の送信用に、小型送信管としても使えることから、小さくは、2E26から始まって、6146などの小型送信ビーム管が作られましたが、このタイプのビーム送信管で100W以上のモノは熱の籠もりを、放散するのに、管球の中に陽極に続く放熱フィンを仕込まなければならないために、非常に大きな球になり、且つ、陽極も、非常に温度が上がる、それならば、却って、赤熱状態で吸臓ガスが利用できる、タンタル赤熱陽極電極にしてしまおうなどという管球まで現れ、ワッテージの割にガラス管球がばかでかくなる、という傾向にありました。
たとえば、送信管メーカーEimac社の[4-125](因みに読み方はフォア・ダッシュワンツウェニーファイブです!)という、アマチュア用などのICAS規格でさえ、CW用でやっと125Wの送信管のガラス管球はこんな大きさでした。
4-125A.jpg

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ガ島一木隊の夜襲は、WE社の電話用マイクの拾音作戦で壊滅!

前々稿の、太平洋嶋渡り横断飛行で行方不明になった、アメリヤ・イヤハート女史が、日本の謀略放送の「東京ローズ]の声をやっていたのではないかという話は、、、私自身が、学生アルバイトで、占領軍接収中の築地の明治屋ビル地下にあった、シグナルコープ、第72中隊(修理と保守)で耳にした話でしたが、、、もう一つ、本当か嘘か判らないので、裏付けが取れたら、、ここで、通信第72中隊のサージェントやソルジャーが話していたもう一つの、日本の軍隊でならとても突飛な、話を、ご披露しておかなければならないのでした。、

太平洋戦史の中でも、戦況の殆ど、屈指のターニングポイントの最大のモノは、ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場の争奪の夜戦、「一木隊の夜襲の失敗]とされています。この乾坤一擲の夜襲を失敗をさせた米軍の防禦方法は、、、何だったか、この第72中隊のひとりが、「それはね、飛行場の廻りに、約5000個も配線してばらまいてあった、電話機用のマイクロホンユニットだったんだよ、それもね、旧式の電話交換機をうまく使って、x-y座標が読み取れる様に配線してあったのさ、機関銃中隊が、2方に斜めに構えていて、同士討ちしない構えからノイズを発した座標の位置の一木隊に十字砲火を浴びせたのさ、、、一連射で100人は死んだだろうよ、、、誰が考えたか知らないけど、みんなウエスタンエレクトリック社のベル電話研究所の試験用のマーク付きのマイクだったよ、と。,,,聞いた当時は、まさか、、、「ウッソー」でした。

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