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真空管回顧録5

真空管回顧録5:真空管の形と機能:性能

冒頭にいろいろの真空管の姿をイラストで示しました。同じような特性の真空管でも結構姿は色々でした。姿代われば、呼称も当然代わります。一つの例として、汎用定増幅率高周波増幅用の77というタマとほぼ同じ特性の真空管の例を第1表に例示しておきましょう。

第1表:どんな真空管の形の種類があるか?6C6と同じ特性のモノの例での比較表
第1表:どんな真空管の形の種類があるか?6C6のモノのと同じ特性例での比較表
のように、ST管から始まって、それだけでも低雑音管、高信頼管などがある場合もあり、メタル管、GT管は勿論、さらには7ピン・ミニアチュア管、超短波まで使えるエーコン管まであったのです。

たとえば、更に、真空管を使ったラジオ、それも余り複雑なモノではなく、代表的な空襲の洗礼で、引き締められた戦時体制下になった昭和17年制定の、単純化されたいわばストレート放送受信機、国民型2号甲型、などに使われた、高周波1段増幅、再生検波、マグネチックスピーカー用低周波出力、の3段構成のラジオに使うとしたらどんなシリーズがあり得たかを第2表に示してみよう。同等管を示すと、それが自然国民型一号(電源トランス省略型のいわゆるトランスレス型)受信機や2号乙型、国民型4号だったりするわけですが。スーパーへテロダイン受信機はむろん戦前からあったのですが、この昭和17年の国民型放送受信機では排除され、戦傷・戦病による傷痍軍人用高級受信機たる、国民型4号でさえ、国民型2号乙のスピーカーをフィールド型ダイナミックスピーカーにし、レコードプレイヤーを外付けしてセパレート電蓄に出来るという程度のモノであったのです。
第二表  78_77_41、42等の構成同等管比較表


こうして出来たのが、トランスレス12ボルト管シリーズで12Y-V1+12Y-R1+12Z-P1+24Z-K2で構成する、国民型1号放送受信機でありました。
2.5ボルト管シリーズでは、UZ-58+UZ-57+UY47B+KX-12Fで構成、6.3ボルトシリーズではUZ-78+UZ-77+UZ41(甲型)又は42(乙型)+KX-12F(甲型)又はKX-80(乙型)でマグネチックスピーカーを鳴らすモノが国民型2号、以前の局型123型みたいな3ペンの、2.5V管シリーズが、UZ-57+UY-47B+kx-12F,6.3VシリーズでもUZ-77+UY-47Bとヒーター電圧が混用されました。小型傍熱型5極出力管が戦前戦中の日本の真空管工業の弱点でした。戦後になって名管6ZP1が作られるようになりましたが。

コレは戦後も5年経った頃のお話です。11-12年前にドイツから輸入された、テレフンケンの電蓄があるのだが、日本のタマで補給が利くように全面改造、但し、音はよいので、スピーカーは変えないこと、ジーメンスのフラットモーターが使ってあるので周波数同期で回転数安定はいいのだが、ターンテーブルにレコードを載せて、手でレコード盤ごとスタートを掛けて起動するのはレコードがカビが生えるモトなので、日本式のフォノモーターに取り替えて欲しい、パネル面は、長波と短波の目盛りで実情にそぐわないが、そのままで、日本の放送中波が聞ければよいので改造を頼むと、仕事が入りました。未だ朝鮮戦争が始まる直前でした。この1939年製のテレフンケンのラジオ附き電蓄は中波がなく長波と短波だけでしたし、殆どまるまる中味は変えてざるを得ない、その文化障壁は、波長もさることながら、真空管でした。浅い肩のついた、トップ・グリッド管で内部制電塗装、足は真ん中にも一本ある+型5本バナナ脚!、、験し見に5vで点灯すると光りすぎる、どうも4.5V管であった。
それよりも何よりも驚いたのが、回路の配線が電線でなく銅80%の真鍮板の細幅板が鳩目で、部品も止めつつ基板のベーク板にカシメ付けられていました。
戦前のテレフンケン製電蓄の平面回路

誰しも電線に依らず印刷回路による平面回路の出現は、二次大戦後のモノと思いがちですが、遅くとも1938年には鳩目で真鍮板をベーク盤に止めるという荒っぽい方法ではありましたが、ドイツで製品化されていたのでした。コレは一つの目の鱗落としの図でありました。
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