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戦前の初春、迎春行事

旧暦と言うべきか、昔の行事です。現在でも、年賀状に「迎春」と描いてこられる方が1割弱居られます。
冬来たりなば、春遠からじ、、、ですが待ちに待った春、、、を新しい気持ちで迎えたい、古いカラを脱ぎ捨てて、今年は頑張るぞ!その決意が裏に見えて、心地よいモノです。現代社会をマスコミ日本からのみ見ると節分には豆まきだけしか残っていません。"問題"横綱朝青龍が、いっぱい機嫌で、裃姿で豆播いた記事など、見たいモノでもありません、"現代"横綱であって欲しいです。
小学校高学年時代に、節分の宵までに用意させられたモノに柊鰯があります。柊鰯001mc
乾いた新しい中竹を竹切り鋸で筒に切って、ささくれを切り出し小刀で削りきれいに洗います。乾かないうちに、四つめ錐で、慎重に竹筒の裏になる上の方に釘アナを開けます。慌てると竹が割れて作り直しですからジワジワとアナに水を付けながらゆっくりです。旨く釘の頭が通るほどになった洗い直します。目刺し鰯を一匹貰って七輪であぶって、こんがり焼き、首を刎ねます。胴から下は、お駄賃です。お夕飯に近い時間ですと、ついでに家族のおかず分焼かされます。戦前・戦中の節分の夕飯のおかずはコレと紅白なますにカツブシぶっかいて盛ったモノぐらいでしたから。(恵方捲きを「かぶる」ナンザア戦前戦中決して何処にもありはしなかったように思います)庭の奥の柊の枝を剪定鋏で切ってきて、葉先の方は成形し、枝モトは切り取って、葉を落とし、鰯の頭の刺し棒に先端を削ります。コレでパーツは揃います。良く竹筒が乾いてから門口の古い釘に竹筒をかけ、鰯の頭と、柊の枝を刺します。
「鰯という小さい魚でもかしらはかしら!、この國の小さいながらも一家の主、鬼の来るのは許さぬゾ!」の宣言の証しなのだそうです。慶応4年詰まり明治元年と同じ歳生まれの爺さんが、そういっていました。「鰯の頭も信心から」です、「個の主張」だな!「山椒は小粒でヒリリと辛い」と同類かな?とそう信じていました。
今にして思えば、これから春を迎える、数え年では旧正月に歳は取ったが、そうか、ここでオカイコのようにカラを脱いで、新しい皮に着替える夜、未だ生皮が日に照らされて乾かぬ甘皮、その弱みにつけ込んで鬼が食いつきに来る!
それで節分の夕方には厄払いや、豆まきをして鬼や厄を祓ったんだ、と思えます。
夕飯が住むと、「オイ貢二、」と爺さん、「頼ンどいたヒト形書いてくれたか?爺の机に持ってこい」と声が掛かり、慌てて書いたこんなのを持っていったら苦笑しながら、ヒト形001sc
「ま、いいわ、しかしじいが切るヒト形に頭にマゲがついていたのをよう覚えていたもんだ!これだけは感心」と、奉書和紙を取りだして何枚か重ね、家族の数だけ、切り出し小刀と定規で、ヒト形を切り出して、「さ、みんなさっと風呂にはいってしまえ、そして厄を祓うゾオ!」と声をかけた。ヒト形で体中を拭ってから風呂にさっと入って、役のついたヒト形を玄関の式台の端に纏めて置く。傍におひねりも。
日が暮れたら直ぐ豆まき。爺さんが自慢の声で「福はあ、、ウチ!」みんなが唱和してもう一声「福はあウチ!」爺さんとみんなで「鬼は外オ!」と戸や窓を開け放った家の中じゅうを一部屋一部屋廻って福を呼び鬼を追い出す豆打ちをする。一部屋一部屋済む毎に直ぐ窓を閉めて錠を閉める。廻りきったら、豆は升に入れたまま神棚に飾り、拝む。次にこの豆の活躍は初雷がなるときに、噛み砕いて呑み下すとこの年は雷に打たれない、と言ったモノです。雷神も虎の皮のフンドシした臍好物の鬼でしたから。
そうこうしているうちに隣町からこの町の通りに「ヤッコオ払いましょ!厄落とし!」という掛け声で、厄払いが廻ってきます。私は小学低学年まで「奴払い」といって兄に都度注意されていたようでした。でもいつもそう聞こえたのですから仕方ない。門の内から「厄払い、頼みます!」と声をかける。腰簑付けて腰に魚籃姿の厄払いが這入ってきて、式台の前に立って、厄払いの決まり文句、アーラ目出度いの目出度いの、今晩今宵のご祝儀に、目出度いことで払うなら、蓬莱山に舞遊ぶ、、、」で始まって「、、西ノ海に浚え!」まで約3分、目出度い声のシャワーで洗い流してくれる。終わると式台の隅のヒト形を魚籃に放り込んで、カラ手もみして、おひねりをいただき、懐に収め、「おめでとうございます」と言って出ていく。通りへ出れば又「やっこ払いましょ!厄落とし」の呼び声が始まるのでした。

[註]このカドつけの一種「厄払い」に関するモノでは、上方落語その139、桂米朝 「厄払い」の最後の方に「プロパテイー」があり語句の解説が為になるでしょう、ご参考までに。

*)尚、私見ですが、現代の厄除け祈願に類する、大師・寺社、神社などでのお祓いは、「厄祓い」が適切で、「オン厄払いましょ、厄落とし!」で節分の晩に門付けした一軒廻りの「厄払い」は、「クズやお払い」の 籠しょった「厄払い」が適当で文字を使い分けるべきかと。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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