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北大西洋中央海嶺火山群島アソーレス

CU3ACと交信して判ったのだが、このポルトガル本土ではexCT2EFのポルトガル人、日本の地理の本にあるような「アゾレス」とは決して濁らない、スペイン語でもそうだがZが静音で、Sが濁音、フランス語やポルトガル語ではCの文字のしたに小さいsがぶら下がる字を書き、「アソーレス」なのだそうです。

ポルトガル本土の最西端のつまり、ユーラシヤ大陸の西の端の日没岬から南西方向に約3500km、北大西洋の中央海嶺の火山島群、いくつかの島の火山は今も噴煙を上げているそうです。ピコという島と同名の火山がその代表例だと教わりました。

日本の学校の地図には、不思議に地図にこの島の記載がありません。丁度大西洋のど真ん中で割った日本中心の世界地図しか書かないから、丁度切れ目にあるちっぽけな島なぞ構っちゃおれないんですね?ア、ソーレス!,,,AZORES_MAP1mc.png
この島も、航海王子の部下どもの先行航海で、15世紀初頭に見つかっていましたが時々火を吐く島々で、地震が多く、いくつかの島には水もありましたが、始めはそれほど重要視しなかったようですが、新大陸が、どんどん北の方まで繋がっていることが判り、大勢の新大陸への渡航者が、渡海するようになると絶好の中継基地として、最も穏やかなテルセイラ島の南岸に恒久的な港と町が作られ、新大陸への中継基地だけでなく、遠洋漁業の基地ともなり、繁栄するようになったようです。第一次大戦にドイツのUボートが、北大西洋の連合側商船を、片っ端から餌食にしたコトに鑑み、第二次大戦では、ここの島を米国が借り受けて、飛行場を建設、空軍基地として、ドイツ海軍の監視に役立たせていて、戦後も長い間、ここに国連軍の探索基地を置いていたようです。ここに勤務した軍人達がかなり北にある(日本なら秋田盛岡相当の緯度)にあるにもかかわらず暖流・メキシコ湾流のお陰で年中とても温暖な気候なのを好み、退役後又ここに住み着くようになって、独特の白人社会構成となり、独立運動が、始め白人の中に起こり、やがて、土着民の運動も起こって、戦後2転3転、ポルトガル政府も手放さず、遂に、自治政府を認めるに至っています。この小父さんもその一人のようでした。CU3AC  QSL003


[帰国後の補遺;書き足し]

近年になって、UNESCO肝煎りの「世界文化遺産」、このアソーレスも世界自然遺産で登録されるかと思いきや、案に相違して、この小父さんも住む、テルセイラ島の古い港町「アングラ ド エローイズモ」が世界文化遺産の指定を受けました。新世界開拓入植の頃からの大航海時代のただずまいを今に残しているようです。
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