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大西洋の島、セントヘレナとアスンシオン島

カリブの稿にコメントいただきました、ZL2PGJ/7L2PGJとこれ又珍しい横棒一本違いの2国でのコールサインで運用された鶴田さん、ZLニュージランドからもカリブはダイポールと100wでホイホイだったがアフリカが難しかったそうです。ノルマンデイーからは、アフリカはおかげさまで丁度北海道から、フィリピン以南オーストラリヤまでみたいなモノで、聞こえてさえいれば、、、(コレが時に難しい!)まあ、針金50wでもナンとか出来ました。ZD7 ZD8 map001mc
ヨーロッパには、スペインやイタリヤの一部業種のように8月1ヶ月間は完全お休みの月という国まであるヴァカンスを楽しむために働く国が多く、南大西洋の島々はアフリカ近海でも結構電波運用があり、日本からは珍しい島々セントヘレナとアセンション島と交信可能でした。
セントヘレナ島と言えば、一度はコルシカ島に閉じこめられたナポレオンがサポーターに助けられて、脱出、又皇帝に返り咲いてワーテルローの闘い等に勝利したが、、、結局又失脚して今度は、簡単に帰って来れない英国の東インド会社が所有特許状を女王から貰っていたセントヘレナ島にフランスが土地を借りて幽閉されてしまう。フランス語ががまったく通じなくて、ナポレオンは瞬く間にノイローゼになり、40歳代後半の5年余をここで、心臓病を始め、脳梗塞、高血圧など、殆ど老人病を患って、果てたようです。20年ほどして、ボナバルトの甥っ子と称するナポレオン3世が、皇帝となっていて、このセントヘレナの、獄舎の跡地と、ナポレオンを埋葬した墓と、更にその廻り約18ヘクタール分をイギリスから買い取って、フランス海外領地として所有し現在に至っているようです。所在は、コンゴやアンゴラの沖数千キロの大西洋のまっただ中、南緯十数度です。
実はこのセントヘレナの更に南数千キロのところのアフリカと南米の真ん中を走る大西洋中央海嶺の吹き出し火山島が4つほどアリ、トリスタン島、ナイチンゲール島、ゴッホ島、インアクセッシブル島ですがその名の通りよく突然噴火が起こるところでもあり、アクセスし難い島で、同じく英領で、下記のアセンション島と共にセントヘレナ島嶼領土として一括管理されています。

一方、アセンション島の方も、象牙海岸の真南沖はるか数千キロの大西洋のまっただ中の絶海の孤島、オランダが17世紀初頭に見つけたときは、火山活動が終わった直後だったようで、全島カラカラに乾いた島だったので、熱帯の孤島でこれでは!と、放り出し、17世紀の後半イギリスの探検船が再発見し、古い火口湖に水が溜まって渓谷が流れ出しているのを発見、それをひた隠しにしてオランダが先に放棄したカラカラの島だが領有すると宣言、アフリカ奴隷を入植させて胡椒と芋他のスパイスなどの栽培をさせて成功。19世紀ナポレオンがセントヘレナに流刑されるや、この海域にウロウロするフランス海軍への威嚇監視に、このアセンション島に英国海軍主力を常時派遣していたほど重要視した島のようです。
現在は、ヴァカンス別荘管理者が、胡椒芋などの採集農業収穫者で、2千人足らず、ヴァカンス時期には使用人売店売り子アテンダント、飛行場勤務者等も渡航し数万の人口に達するようで、大型ジェット機用の飛行場も建設されているようです。
こちらは、ノルマンデイーから真南に当たり、北海道道北と、インドネシアジャワ島の緯度に相当、電波を出してくれるヒトさえいれば、交信は容易でした。
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