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カリブ海と言えば?!

カリブ海と言えば、言わずと知れた海賊、海賊と言えば?,,,ステイブンソンの宝島を始めお話の中には沢山いますが、実在した有名海賊でコロンブスが発見したが、上陸しなかったような島を、半世紀近く荒らし回って根城にし、コロンブス以外の新航海者を目の仇にして袋叩きにしたコトで名高いのが、海賊Drake。DRAKEと言うと、アマチュア無線界では、カリブ海よりもサキにコレを思い出しますね。Draker-4c t-4xc mc
そのカリブの海賊の伝説的最高峰ドレイクが半世紀以上に亘って根城にしたのが、アイランド セーバ。
そこからのCQが聞こえているのに誰も応答しない!じゃ、呼んでみるか!50wと針金でっせ!で、戴いたのがこのQSL、、交信で、SABAと裏書きしておいて頂戴とお願いしたら、本当に裏面にSABAから交信と書いて置いてくれた。KV4QSL001+002mc.jpg
コロンブスの最初の航海の帰り道に見つけたが、帰りを急いで上陸はしていないらしい。又、海賊ドレイクが、根城にしたこの880mの火山がある島は、当時まだ地面も熱く、簡単に上陸はできなかったので、海賊が宝物を隠すには絶好だったに違いないとて、宝探しの島として、その後探検者が引きも切らず,最も有名になってしまって廻りにもっと大きい島2島があるにもかかわらず、今もこの島に首都があるのだそうです。

PJ5-PJ8が、このシント・マールテンとSABAとシント・ヨウスタッスの蘭領アンチル3島に割り振られているが、どう免許されているのかは不明。そこで移動局にはこの小父さんのQSLのように、曖昧なので、SABAから交信と書いて貰うことになる。シント・マアルテンから免許を得て運用された米村さんはPJ7Aで出ているが、数字はステイタスなのかも知れない。
mapに斜線部分を入れましたが、シント・マールテン島には、イギリス管理官などが居住する地区もあるようで、KV4ADのカードのチョイスQTH表示の一つに英国クオーターと表示がありそこが、PJ6のようです。シント・マールテン島の方の英国居住区はフランスで調べたマップにあるように広いのですが、セーバ島のはまったく不明です。日本の地図にはこのような島は無関心でまったく影も形もありません。困った傾向です。


オランダは、第二次大戦後は国力疲弊し、多くの海外領土は放棄しましたが、このウインドワードの小島や、南米大陸沿いの小島はイギリスの薦めもあって、イギリスとの共同体制下で領有しているようです。このためこのセーバは、本国オランダから独立したくて一度は独立宣言したのですが、イギリスとの契約で、国際承認が得られず、体制独立、蘭領アンチルのママのようです。

因みにこの島の880mの山は、現有オランダ本国蘭領域含めて最高の標高のようです。
SABA島map001mc


&&&[帰国後の補足]

このコールサインのプレフィックスKV4は、戦前から米領ヴァージン諸島のプレフィックスでした。(カードの一番左肩トップのV.I.はその略)1980年代に、FCCのプレフィックスの大改訂があり、時あたかも米国は海外海軍警備軍縮の機運にあり、ここを海軍から解放して観光地化するに当たり、最寄りの海外領プエルトリコに統治させることになっていたので、新しくKP2の新プリフィックスが与えられたはずです。以上補足します。

以下にインターネットのWikipediaからSABA島について、関連項目を抽出引用します。

サバ島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サバ島
Saba
(詳細)
地域のモットー: "Remis Velisque." meaning "With oars and sails".

用語 オランダ語、英語
主都 ボトム(The Bottom)
知事 アントワーヌ・ソラニエ(Antoine Solagnier)
面積
- 総面積13 km²
- 水域 (全島)ごくわずか

人口
- 総人口(2004年)1,424人
アンティルギルダー (ANG)
時間帯 UTC -4

サバ島 (Saba、発音:"SAY-ba") はカリブ海は小アンティル諸島のリーワード諸島にある島で、オランダ領アンティルに属するオランダ領の島である。シント・マールテン島のすぐ南の方にあり、シント・ユースタティウス島の近くにある島である。火山島で海岸は高さシーナリー山(ボトム山)(888m)の険崖をなし、島の周囲のほとんどが断崖絶壁に取り囲まれている。サバ島の居留地であるボトムは標高260m余の火山原にあり岩に刻まれた階段にある。

歴史

1493年11月13日にクリストファー・コロンブスにより発見された。コロンブスは島へ上陸はしなかったが、1595年に海賊のフランシス・ドレイクと1620年には2人のオランダ人がサバ島に上陸しいる。サバ島にはカリブ族が居たと言う痕跡があったが、1632年にサバ島で難破したイギリス人が無人島を見つけたと主張している。同年にオランダ人が初めてサバ島を占領。しかし、1635年にフランスがサバ島の領有を主張した。1640年にオランダはサバ島の領有を取るため、シント・ユースタティウス島の近隣の島からあるオランダ人をサバ島に送った。1665年には海賊達が避難所としてサバ島に住み着き始めた。1816年に正式にオランダの領土になるまでの21回もサバ島はイギリスやフランスやスペインなどのヨーロッパ諸国との間で領有しあった。1954年にオランダ領アンティルの一部になり、オランダ領アンティルの政府から独自の自治権を与えられている。

経済

農業は主に自給自足でイモ類などを栽培している。サバ大学医学大学院の学生が支払う授業料が島の重要な収入源になっている。観光産業もサバ島の重要な産業の一つだが、観光客はあまり多くなく、日帰りで訪れる観光客がほとんどなので観光収入は限られる。
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