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魔の海空域バーミューダ!

海賊が大西洋を渡り歩くようになった17世紀から既に、海賊船自体がこの海域では、居抜きのような空船になって、風も海流も死んだように止まって海藻が海面上にまでせり上がって船を止めているような話が伝えられたのが、このバーミューダ沖のトライアングル。21世紀に入ってもこの海域や空域で消息を絶ったり不思議なトラブルを経験する航海士や操縦士の話には事欠かないようです。

日本からは大圏コース的に指向性アンテナの角度はカリブより北に30度ほども方角違いですがやはり米国東岸やカリブ並みに交信しがたい地域とされます。フランスノルマンデイーからは、カリブと同じ方向で行程はほぼ2/3、カナダケベクオタワ並みに近い分、40mでも針金アンテナで交信可能でした。Bermuda qsls001mc
手書きで、パピーニュウスを書き始めたのがおよそ18年前、脳梗塞と言われて5年、かなりリハビリはしたモノの、もう地図は書けない。他の島のモノと比べていただきたい。Bermuda map002mc
その魔の海空域と言われるバーミューダの所在は、カリブとは5000kmちかくも北東に離れ、米国東部ノースカロライナ州の出張った東南端ハタラス岬から東方微南約1350km沖合にある大4島微小島約20の海面すれすれの休火山礁に寄生した珊瑚礁が、亜熱帯気候と、メキシコ湾暖流にはぐくまれて、島嶼を形成する群島にまで育ったもの。

ヨーロッパ人に知られたのは遅くとも1503年、地誌に記録されたのは1511年イタリヤの本。無人島、飲み水がない珊瑚礁、雨は期待しがたい、の記述のみ。したがって約1世紀間は無人島。
1609年、英国から新大陸ヴァージニアへ入植の移民数百名を載せた数隻の船団がこの海域で、局地的な嵐に襲われ、一隻だけが船団から切り離されて、この島の珊瑚礁に座礁。船長と、航海士が勇敢機敏、計器と、釣具外せる船具と大工道具、更に水蒸留器を優先陸揚げさせた。温暖な気候で直ぐ回復、島中の木という木を全部切って、2艘の筏帆船を建造。数ヶ月後に勇躍バージニヤに渡るが、数年して、準備万端整えて、約40名がこの島に入植するために渡海する。その後の経緯は詳しくは判らないが、1680年代に、新世界米国と袂を分かって、英本国に大英帝国帰属の請願して受け入れられ、以来大英帝国連邦の一員を続けている。
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コメント

No title

カリブはJAからですと結構な珍でありますが、ZLから欧州に向けるとブラジルの先のおなじみさんで出てくれば繋がるというカントリーでした。
「カリブ? ダイポールとベアフットで十分さ」というのは本当。
ZLから真に難しかったのがアフリカ各国と北西ヨーロッパでした。

バーミューダの思い出

ニューヨークに居た頃、先輩N2ATTさん(荒川さん)に免許手続を教えてもらって、携帯型の日本無線製の単一バッテリー内蔵20W機を、その頃、JRCの駐在員だったPG?さん(コール忘れました)にお借りして、VP9観光とぺデイションと、洒落込みましたが、ロケーションとCONDX悪く、2-3日で、EUの一局しかQSO出来ませんでした。氷室さんの手書きの地図は、正確に書けています。

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