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昔海賊の島、小説宝島のモデルケイマン諸島

早起きは三文の得と言いますが、コレは逆でした。私は化学屋ですが、合弁社の技術と生産の最終責任者。マイノリテイーの合弁で、派遣日本技術者は一人、工場は電気分解の連続工場ですから24時間365日廻し続けていますから、機械が故障すると、メーカーの技術者と、会社の電気屋と機械屋若干名を残して、真夜中でも一刻も早く直して立ち上げる必要があることが多いのです。この晩も立ち上げて旨く廻ったのは丑三つ時でした。ウオーと奇声を発して眠気を覚まし、夜の道を車飛ばして、宿舎へ、、幸か不幸か、リグの電源這入ったまま押っ取り刀で出掛けていたようで、部屋にはいると火は消えているが、ヘッドフォンがバタバタ言っている。スイッチ切る前に、チューンしてみると、ナンと午前4時前と云うに20mで、ケイマンの局が59+で這入っている。寝るどころではない、こういう偶然は、夜中過ぎまでマジに働いてきた「ご褒美」でなくてなんだろう、、と気を静めて待ち、前のヒトの終わるや即呼びかける。
英語圏だから眠くても落ち着ける。Cayman Is ZF2PF QSL裏表mc
cayman Islands ZF2PF map003mc
交信しながら、カリブ海の地図をとりだして開いて、ケイマンを見てみる。信号報告とカードの交換を約束したら、夜も遅いので向こうも寝るというので、お互い十分な強度での交信だったが、初夏の夜は明けやすいのでもう寝ることにした。

あとで仕舞った!と思ったのは、上掲の交信カードのQTH(住所)の真ん中 Cayman Bracにはスチーブンソンの小説のセイではなく偶然に洞穴があり、19世紀に宝探しの結果、難破船の生き残りが生活したあとがあり、そこに少ないながら16世紀頃の船の遺品が、発見されたと聞いたことがあったのでその後の宝探しの結果だけでも聞いておくべきだったと悔やまれた。

キューバの島の南、ジャマイカ島の西の、カリブ海では一番メキシコ湾の奥深いところにある、キューバやジャマイカよりはズーと小さい島、それでも小さいなりにザトウクジラが尾を振りかざした形で東西20数キロメーターのグランドケイマン、とその東北東60km-80km離れて2匹のサンマが先行する形のリトルケイマンとケイマン・ブラクの2島計3島がケイマン群島で、コロンブスの第4回航海で発見された無人島で、岩の数ほどもウミガメが居たし、珍しくも怒らせるとどう猛で素早いアリゲーターがいっぱい居て、如何にも海賊が宝を隠して鰐に守らせるには格好な島ではあったのです。このアリゲータの為にスペインは領有を始めから迷った挙げ句、殆ど捨てていたので、イギリスが、領有宣言したようです。何世紀もの間、船の給水基地としての他は、住人は難破漂着者などだけだったようです。19世紀頃から宝探しが繰り返されたようで、アリゲーターの数を減らし、クロコダイルと拮抗させて、ナンとか人を襲わない工夫をして、ヒトが住み着き、漸く美しい海中を、散歩するようになり近年はスクーバ・ダイヴィングのメッカと言われるような繁盛振りのようです。カイマンペッパーと呼ばれる、赤とんがらし粉が特産の他は、スキューバ観光、他はタックス・ヘイブンなので、オフショア金融業がありますが、ここに来る人はどうも性悪で、マネーロンダーリングの温床はここと言われているほどで、カリブの島では最悪の島「夜警が二重3重に必要な島」とされているようです。

このオッサン達ジョンとレイはもどうも兄弟のようで、CWを所望しましたがキーは持って歩いたことがない、と言われてしまいました、まあ偶然のQSOであったようでした。

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