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ガ島一木隊の夜襲は、WE社の電話用マイクの拾音作戦で壊滅!

前々稿の、太平洋嶋渡り横断飛行で行方不明になった、アメリヤ・イヤハート女史が、日本の謀略放送の「東京ローズ]の声をやっていたのではないかという話は、、、私自身が、学生アルバイトで、占領軍接収中の築地の明治屋ビル地下にあった、シグナルコープ、第72中隊(修理と保守)で耳にした話でしたが、、、もう一つ、本当か嘘か判らないので、裏付けが取れたら、、ここで、通信第72中隊のサージェントやソルジャーが話していたもう一つの、日本の軍隊でならとても突飛な、話を、ご披露しておかなければならないのでした。、

太平洋戦史の中でも、戦況の殆ど、屈指のターニングポイントの最大のモノは、ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場の争奪の夜戦、「一木隊の夜襲の失敗]とされています。この乾坤一擲の夜襲を失敗をさせた米軍の防禦方法は、、、何だったか、この第72中隊のひとりが、「それはね、飛行場の廻りに、約5000個も配線してばらまいてあった、電話機用のマイクロホンユニットだったんだよ、それもね、旧式の電話交換機をうまく使って、x-y座標が読み取れる様に配線してあったのさ、機関銃中隊が、2方に斜めに構えていて、同士討ちしない構えからノイズを発した座標の位置の一木隊に十字砲火を浴びせたのさ、、、一連射で100人は死んだだろうよ、、、誰が考えたか知らないけど、みんなウエスタンエレクトリック社のベル電話研究所の試験用のマーク付きのマイクだったよ、と。,,,聞いた当時は、まさか、、、「ウッソー」でした。
ガダルカナル島には日本軍が作り始めた飛行場が出来かけていました。このため主として駐留したのは工兵大隊で、守備隊としては一木隊が、戦力でした。飛行場の掩蔽壕に並んで、食糧壕があり、ここには、お米もたっぷりあり、、、米軍が上陸占領してからは主客転倒、日本軍は食糧に窮し空の飯ごう状態となり、米軍は一日2食の米のご飯にありついたのだそうです。
米軍は横取りした飛行場には鉄板を張り、艦上機用の滑走路を瞬く間に作り上げ、レキシントン、サラトガなどの傷ついた空母の搭載機を皆この急造滑走路から発着させ、ミッドウエーで戦死した飛行隊長のヘンダーソン中佐の名を冠して、ヘンダーソン飛行場(赤印)と称していたようです。
300px-Guad19420805_JP_20150127151855d56.jpg
かくてはならじ、まずは食料庫の奪回!と、海岸を廻って、一木隊が、この椰子の密林を突破しての、夜襲奇襲を企画したのですが、、、
220px-GuadTenaruSandbar.jpg
時すでに遅し、誰が考えたのか、マイクユニットを使った、拾音ネットワークがこの林にも既に設置されていて、機関銃のクロスファイヤー十字砲火の犠牲になってしまったのでした。
まさか、当時の日本軍の常識で、密林の中にマイクが仕掛けてあろうとは誰も思いも掛けず、、、
増援軍も含めた第二攻撃大隊の全軍突撃夜襲も、又、虚しく全滅となってしまったのでした。
220px-GuadMatanikauDeadJapanese.jpg
学生アルバイトで、占領下の明治屋ビルに出入りして50年以上経って、、、漸く、このマイクロホンばらまき作戦の、裏打ち記事に遭遇しました。
前にもこのブログで、ご紹介した、筑摩書房刊 木村哲人著「真空管の伝説」にありました。読み飛ばしていて気付くのが遅くなりました。こんな写真までありました。
聴音兵001
この様な大成功もありましたが、その後には、苦労して2000個ほど配線直後にスコールで水浸しでマイクがだめになりバッテリーが上がる大失敗もあって沙汰止みになったのだそうです。やはり南洋の島での電気的なものでは耐水性、、、
ガ最終的には、かちはんだんをきめるのだ、、と通信中隊のサージェントは言っていたのでした。
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