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戦前の無線や放送の一例など

ヨーロッパでの第二次大戦が始まるちょいと前の、太平洋周りはまだかなりの平和状態。アメリカで著名な一人の女流飛行家が、飛行機仲間と赤道沿いの島飛び渡りでの太平洋横断飛行に、カリフォルニヤを飛び立ち西向きにニューギニヤのラエまでは、米沿岸警備隊の船も着いてきて連絡も上々、何の心配もなし、、。1934年の初夏の頃のこと。Amelia_Earhart_-_GPN-2002-000211.jpgロッキードエレクトラ10Eですね。
彼女はモールス信号が覚えられず、、、HAMの資格が取れないために、50wのマイク放送免許だったようです。コールサインKHAQQ 3105kc/s(当時は、キロサイクル=現キロヘルツkHzに同じ)
[客席を取り外して増量燃料タンクにしていたが、中に細かい仕切りがなかったかも、、、。大きな液体タンクは揺れ始めたらそれ自体がとても危険な慣性動体になってしまいます!!]
飛行支援のためにハウランド島周辺で待機していた沿岸警備隊のイタスカ号に対し、19:30GMT(現地時間07:42)に割り当てを用い、3104kc/sにて通信を行う。信号強度は強く音声はクリアであったとされるが
「イタスカへ。私達はあなたたちの上にいるに違いないが、あなたたちが見えません。燃料は不足しています。あなたたちからの無線通信も聞こえません。高度1000フィートを飛行中」。
その1時間後(現地時間08:43)、
「私達は今、157° - 337°線上にいます。6210キロサイクルでこのメッセージを繰り返します。聞き続けてください」
との連絡を行なったが、しばらくして3105kHzのままで「疑問を感じる」「南北線上を飛行中」という発信があったことが記録されている。他の傍受者による情報では同時刻に「残燃料ではあと30分程度の飛行しか出来ない」との発信があったともされる。
とにかくも、こうして、機は消息を絶った。イタスカ一隻ではどうにもならず、米海軍への要請で、空母レキシントンが捜索に出動します。日本の委任統治南洋群島のすぐ南の地域であったので、日本にも捜索要請があり水上機母艦「神威
」が南洋群島基地から出動しています。
Japanese_seaplane_tender_Kamoi_1937.jpg
どうやら、救命ゴムボートも、救急無線標識マーカーもペイロードを軽くするあまり、、、積んでいなかったようで、増槽燃料タンクの構造もあえて糾明はされず、重量軽減に走りすぎての残念な遭難だったようです。また、彼女か、操縦士仲間の同行者がハムであったら、また別の協力支援アドバイスもあり得たのでは?ととても残念な事件です。
この同行者でもう一人の操縦士、ヌーナンについて、、、出発時の天候は時折雨が降る曇天で雲が厚く、天測航法のための天体観測は困難な状況であった。また出発に際して推測航法に必要なヌーナンのクロノメーターを合わせるラジオ時報が受信できず、足止めを余儀なくされてヌーナンは飲酒で時間を過ごしたという記録がある。
これは、、、彼自身はもちろん、彼女にとって、重大な難儀なことで、、、2人とも、無線やラジオの受信についてさえも、あまり得意でなかった様にも思えます。
こうして、なくなったとは信じられない、アメリヤ・イヤハートは、太平洋上の伝説となって生き続けたようでした。
真珠湾攻撃に怒ったアメリカは翌日日本に宣戦布告をぶつけて、太平洋は戦場と化します。その後2年目の春から、太平洋上に、放送電波が飛び始めました。日本の参謀本部がNHKに対して命令した、対米謀略放送、、(何でか、どの記事や記録を探しても、周波数も何もわかりません、、むしろ、米国側で、ハリウッド映画まで戦時中に出来ているようですが、、、)米海兵隊の連中が名付けた名前が、、、「「東京ローズ」の悩ましくも愉快な放送」、、私は偶然、、、、この話は、戦後学生アルバイトで出入りした、築地の明治屋ビル地下にいた米通信隊第72中隊(修理・保守)の連中から聞かされたのですが、、、「大戦中、米海軍の連中は、この放送を受信して、輸送船や、上陸用舟艇母艦の中の艦内放送に流して、楽しんでいて、一刻も早く、日本に上陸して、この「悩ましい艶っぽい女東京ローズ」は俺様が一番に見つけるのだ!と、、、謀略「戦意喪失」処か、勇気百倍して、テニヤンも硫黄島の激戦も、戦ってきたんだぜ、、、そういえば、この東京ローズっての、ヒョットカして赤道方面で、行方不明の女流飛行士アメリア・イアハートの声ではなかったかと、、ずいぶん評判だった、、。」と聞かされました。
東京ローズについては、上坂冬子女史の「特赦」という著書が一番詳しいですが、、、。これをしても、なおどこからどんな周波数、短波か中波かの記載もないのが悲しいですね。
これに比べると、反対側、米軍の、サイパン放送は、短波と中波「テンテンキロサイクル=1010kc/s」で、後には昼間正午過ぎにも流れてきましたね。私は名古屋の西に住んでいましたから、NHK JOAKに妨害されることなく、易々と受信していました。
、名古屋の星崎で焼け出された、母子の親戚が疎開してきましたので、この叔父さんから、ビクターの短波用のコイルはむしり取られたスーパーヘテロ受信機でもアンテナコイルをバリコンの爪に引っかけて、局部発信の高調波との中間周波で、短波を聞く方法を教わり、短波のサイパンもてんてんキロサイクルのサイパンと同じ放送内容だと、、、確かめていましたが、ダイヤルの3-4カ所で、受信できたのを覚えています。
iLC003.jpg









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