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合併都市のハシリと新市名応募結果

平成合併もそろそろ下火になりましたが、、、50年余の昔、産業発展途上の隣接地域関係にある、屋台骨の鉄鋼工業都市と人口密集都市、それらを支える、原料・製品集散の荷役取扱の港湾都市、といった一衣帯水の関係でもあった5個の地方都市が自主合併して一大巨大都市になったことがありました。今もその5市の名はその政令行政区名に残っていますね。
北九州市政令区分図mc
その名は、戦前戦中の学校教科書にも記されたとおり「北九州工業地帯、、」ですぐ南に、戦後すぐまでの、重要エネルギー資源の担い手だった筑豊炭田地帯を背負っていました。小倉は戦前戦中の重要地で第3の原爆候補地、軍都でありました。
東京オリンピック1964が目睫に迫った前年、八幡の鉄鋼業はオリンピック景気に最大の煙塵公害をはき出していました。殆ど現在の北京のPM2.5同様の、、、。その後このために、この合併市は公害故の人口移動が福岡市など風上目指してかなり目立って動いています。又この大合併が契機となり、関門トンネルだけでなく本州への陸上流通のために、関門橋架橋推進が計られ、合併10年後の1973年に関門橋が開通しています。
関門架橋中mc赤間が瀬 関門橋図mc
では、確かに学校教科書所載の「北九州」市という一見無機質な大合併市名は、どんなことで決まったのでしょうか?
神戸以西での初の百萬都市とあって、新聞とラジオが宣伝した全国公募の新市名でした。応募総数、十三萬7千票余り、、、今に伝わるトップテンは、、、。
都市名応募(北九州)001
ところが、トップの「西京」は選考委員有識者から、古くから「奈良」や京都にこの呼び名は使い古されており、奈良県には地名として(当時)現存もあり、、、と指摘があり、一萬二千票余がまず捨てられ、佐賀福岡や大分から「ウチトコも北九州やでェ!」の反対も多かったが、、「なんと言っても「全国応募で!1位と2位まで捨てたんでは!、、、文字通り「名」がすたりますケン!」と強行採決、関門の瀬戸に密接した九州最北の「北九州市」がめでたく誕生、今日さほどの抵抗感全くなく定着していると言えるのではないでしょうか。
これに比べると、平成13年(2001年)まず大宮・浦和・与野3市が合併、ほぼ2年後に岩槻市が駆込合併した、平成百萬都市「さいたま市」は、どうでしょうか、、、古くからは、比企の大王や、行田市在の「さいたま(或いは)さきたま古墳群」で名の知られた方が古く、、、でしたが、、こちらも、実は、、、新市名は内密に既に「さいたま市」と決めていたらしいが、「官許布名」の誹りを逃れるため「一応」公募の形が取られ、、、応募総数六萬7千票、新市名8680個に上った由。
都市名応募(さいたま)002
剰りに応募都市名が多いので、ご参考までに平成人の気の多さをご覧戴くために、モノの本通りに、トップ40を掲げておきます。行政区名合併モトの市の範囲を地図で示しておきます。
saitamasikubunzu mc



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