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鈴懸の径

♪秋の夕陽に照る山紅葉、、、濃いの薄いの数ある中に、、、確かに野山を彩るこの季節の彩りは、、、文字通りの色様々ですが、陽当たりの良さ悪さ、夜間街灯などで照明の近くに照らされているかどうかでも、落葉する側と黄色の紅葉で残る側とあるのが、銀杏、プラタナスなどの黄色の黄葉樹ですね。「プラタナス」という西洋の名前は幹の樹皮が、キリンの縞模様のように、[板状に剥がれて」育っていく[platen]する木、ということからの命名のようですが、、、日本では、黄葉した後落葉した後に結実した実が長い下げ緒で吊った鈴が一杯枝に下がるのを名付けて「鈴懸の木」と奥ゆかしくも名付けられています。
もちろん葉のあるウチから、この実はブラ下がっているのですが、、。葉に隠れて見え難いだけですね。
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後ろに高いビルが並んで、その高さと背比べするほどの鈴懸の木がある公園です。
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イギリスはロンドンのど真ん中テームズ河のほとり、この付近の護岸築堤を提唱したヴィクトリア女王時代の30数名の議員達の功労をたたえて作られて、名高い、その30数名の銅像があちこちに置かれた、ヴィクトリヤ・エンバンクメント・ガーデンです。、後ろのビルの一つは、著名なサボイホテルです。反時計回りに振り向くとチャーリングクロス駅更にハンガーフィールドブリッジ。、、時計回りの振り向くとこんな景色でテームズ河畔。ここにも鈴懸の鈴が一杯ぶら下がってます。
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このハンガーフィールドブリッジは四半世紀前には、その橋の下を、中型の帆船までが遡航できるように40mぐらいのタッパがある高い空中橋で、列車駅、チャーリングクロス駅も空中駅の観がありましたが、老朽腐食の危険から、掛け替えられ低くなりました。何しろ、ここはロンドン!、、子供の唄にもありましたね!「メリーさんの羊」じゃないが「ロンドン橋落ちた!」っての、、。治山治水は政治の基本、橋の落橋防ぐはその又要諦ですわね。閑話休題。
鈴懸の径,,,日本では、池袋の近く、立教大学の構内にこんなのがあります。
rikkyou U suzukake rane
ハワイで生まれ育ちハワイ移民が大正時代の初めまでハワイのサトウキビ畑で重労働させられた頃、親爺さんが、その人達の医師としてハワイ移民して献身的医療に草臥れて客死し、大正9(1920)年、その遺骨を郷里広島に納めに帰国しさて3回忌も終わって、ハワイに戻るべく横浜港に、船待ちの一家がいたお昼に、ナント関東大震災、逃げまどうどさくさに、引っ越し荷物が、行方不明になり、ハワイに帰れなくなった、、、という不幸に耐え、一念発起して日本でハワイアンスイングとハワイ民謡で売り出した兄弟、灰田晴彦と灰田勝彦、、、「♪オタマジャクシは蛙の子、、、」ナマズの孫ではないワイな、、、それが何より証拠には、、、とハワイ民謡で売り出し、戦時中も顧みず、戦争に関係ない、紫けむる「新雪」と共に売り出した「鈴懸の径」、、灰田勝彦の方の母校が立教大学だったのでした。兄灰田有紀彦(晴彦)の方はハワイヤン楽団作っての慶応大学中退で日本ビクターに引っ張られてレコードの普及と、音楽振興に尽くし弟勝彦は、もっぱら唄って、協力、、。何しろ軍部にニラマレの戦時中一風変わった唄でしたが、、流行りようもなく、、、。
本格的に流行ったのは、戦後ジャズが復活して、銀座のホールで偶々クラリネットを吹いていた鈴木章治氏が、戦中発売では、ハワイアン波乗りスイングの3拍子だった「鈴懸の径」をジャズナンバー風4拍子にアレンジしてダンス音楽風にしてからといわれます*)。確かに、戦中の3拍子の歌は3番までの歌詞が灰田勝彦の鼻にかかったような甘い歌い方で、歌われたようですが、一年余して軍部の強化検閲に引っかかり、多くの唄が、そしてあろう事か軍歌や戦時歌謡までもが、恋人や妻子を連想させるような女々しい歌詞部分は、御法度で消え行き、、、この唄の歌詞も2-3番は切り捨てられ、一番の、、、「いとしの小鈴葉陰に鳴れば、夢は帰るよ、、、」のところが繰り返しになったはずでした。此の軍部によって、切り取られた2-3番部分、とても佳い歌詞です、是非復活させたいと思います。ここに掲げてみましょう、、。(ほのかな記憶です、私は戦時中の教育で音譜は読めませんが、、、ハモニカで、歌詞を追いながら3拍子で吹くときは胸の内でこの歌詞ですから。)
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鈴懸の径

【作詞】佐伯孝夫
【作曲】灰田晴彦

【3拍子スイング版】
友と語らん 鈴懸の径
通いなれたる 学舎(まなびや)の街
やさしの小鈴 葉かげに鳴れば
夢はかえるよ 鈴懸の径

熱き想いを 心にこめて
澄んだひとみは 青空映す
窓辺の花に ほほを寄せれば
夢はかえるよ 鈴懸の径

月日は移り 想い出だけが
今も浮かぶよ 別れた友の
若き日の唄 風に乗せれば
夢はかえるよ 鈴懸の径
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*)註:インターネットにありました。更に、戦後少しして銀座のホールで、鈴木章治がクラリネットで、ジャズ・アレンジの4拍子を吹いていたのを、来日したベニーグッドマン楽団のテナーサックスとクラリネットも吹く、ピーナッツ・ハッコーが偶々聞き惚れて、同氏から貰い受け、持ち帰り自分の欧米の演奏ツアーで「プラタナス・ロード」と題して、クラリネットで吹き歩き、大喝采を浴びて、彼のナンバーとしても有名になり後に再来日して、銀座のTBS ホールで、鈴木章治との2本のクラリネットで吹き、これがレコーデイングされるなどしてジャズナンバーとして定着したのだそうです。
ああ、それから、あちこち出張でいったのデスがその1カ所、アメリカ、オハイオ州の東部アメリカ7番目の鉄鋼の町、ヤングスタウンという田舎町でしたが、ここのプラタナスは、一本の下げ緒に、鈴が隣り合って2個ずつ下がっている樹ばかりで、、、土地の人は「バーズ・アイ・トリーっていいますが、、何か?」と別に不思議でも何でもなさそうでした。丁度5月で、夕方になると、この鳥の目がぶら下がるプラタナスの葉陰には未だ明るさが残っているのに蛍が飛び交う、、、という幻想的な、ところへ更に蛍を追って、赤いカージナル鳥が舞う、、という夢の中にいるような光景が見られました。報告しておきます。
あ、そうそう、忘れないうちに、、、「鈴懸の径」の歌詞にもあるとおり「鈴懸の径」は「♪、、、学舎の街」でもあるはずですね。上記したロンドンのテームズ河畔のヴィクトリヤ・エンバンクメント・ガーデンのこの鈴懸の径にも学校が隣接しています。誰が「♪通い慣れたる、、、」かと思いきや、、、ガーデン側にこんな銅像が建っていました。
Statue of M Faradey
一般には、電気の父とも言われるヒト、静電気と動電気をつなげて、いろんな電気の問題を解こうとした人、、デスが、実はいろんな物理や化学現象を解明して、分かり易く説明を試みる中で、電気も解明したという、、、マイケル・ファラデイが学生時代にここで学んだ、物理学校が、この公園に背中を接しています。
ロンドンでは是非にも暇を作ってでも是非この公園で散策を試みてください。お奨めです。
どうも化学や物理がなじめない、、と言う方は、是非岩波文庫の「蝋燭の科学」という本から取り付くことをお奨めします。
この人の著した本です。分かり易い順に追って話が進みます。
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