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日本の歴史と文化のターニングポイントとなった或る小さな事件

「小さいか?大きいか?」これは、ビューポイント「観点」次第ですネ。見る方にお任せします。イヤ!この絵じゃないですよ,
タイトルの事件のことです。
アンボイナ製家具調度など
こんな木目のない木目の木で作られた、楽器や、家具や調度、小物入れや道具の柄などを目にしたご記憶はお持ちじゃないでしょうか?あたしは戦前、ドイツから輸入された、テレフンケンの電蓄(これも今では死語でしょうか?)の修理改造を戦後すぐの学生時代に頼まれて、この立派な"アンボイナ堅木"製のキャビネットに気圧されて、一瞬気後れした生々しい記憶があります。つば呑み込んで息を鎮め、やおら裏板を外して、内部拝見、ドイツ独特のガラスの銀ペン塗ったシールド型バナナ脚の真空管、それも、ヒーター電圧4V、まさしくドイツ製のママ、、、、持ち主の方から、「もちろん買ったのは僕じゃないよ!親爺だ、僕は初任(月)給48円だったからね!とてもじゃなかったョ」,,,今は昔の物語。ついでに、天下分け目の関ヶ原合戦の時代辺りまでワープしておつきあいいただきましょうか、、。、
大阪夏の陣で豊臣が絶え、翌年初代徳川家康が冬の真っ最中年寄りの冷や水鷹狩りを強行して倒れ4月に歿,,後見の無くなった2代秀忠が家康がスペインやイギリスの通商を許したのを危険と感じ首かしげながら鎖国を推し進めようかと悩む頃、南の島、ホンのちっぽけな島ですが、、、日本人の行動が関わった、オランダと、イギリスの角逐事件「アンボイナ事件」が起こっていたのです。やっと冒頭のアンボイナ堅木製品に戻りました。ちっぽけな島です。
東インドネシヤ アンボン港位置図mc
丁度1600年を期してスペインの干渉から脱して東インド会社をジャワのバタビヤに開設したオランダは、口八丁手八丁の長官を抜擢して、ズンダ海・モルッカ海の香料香辛料開発に躍起となります。これより先、インド・セイロンで手間取りながらも、この地区まで東インド会社を伸ばしてきていたイギリスは面白くありません。手堅いイギリス、、、やり手のオッサンがやり出した新興オランダ。このアンボイナでの香料クローブ「チョウジ(漢字で書くと)T字帯みたいな丁字」*)、、が重宝され欧州で大評判、アンボイナでの奪い合いになりますが、そこは紳士の英国、採れる丁字の2/3はオランダに譲って1/3でいいと協定します。
choji02_20141002222424097.jpg220px-NCI_clove_ham.jpg
この地区まで、重宝・器用な日本の関ヶ原の落人、朝鮮出兵で渡航経験もあるサムライが、当時は東南アジヤに数千人はいたと思われます。1623年、日本のターニングポイントが訪れます。オランダが築いた砦の見取り図と、守備警護要員配置を、オランダ商館が雇った日本人サムライ、七蔵が調べているのがばれて、拷問に掛けて詮索すると、同じ日本人サムライ顔見知りの英国の傭兵カラ頼まれたと自白します。オランダ兵はすぐにアンボイナのイギリス商館をおそって、日本人傭兵9名、イギリス人領事以下10名を手足を切り刻むなどの拷問・惨殺します。イギリスは、仕方なく、一旦この地を諦め、セイロンのシナモンとインドアッサム地方の紅茶栽培経営に主力を注ぎます。この年、日本の平戸の商館も閉めます。オランダは、意気揚々日本に来て、秀忠将軍に取り入り、オランダは日本の出来上がった満ち足りたモノには一切口を出しません、と日本を持ち上げ、だから信仰は持ち込みません、純粋交易です、スペイン、いたりや、ポルトガルのカソリックは征服用でいけませんし、イギリスのは新興宗教で日本弱体化の布教だと吹き込みます。将軍は譲ってただの後見の筈の家康が、外国の新知識は入れるべきと、イギリスの他にスペインの難破船が安房の御宿海岸に漂着したのに新しい船まで造って贈るなど、やり過ぎ更に伊達に命じて、支倉常長と少年たちを、スペインとイタリヤ・ローマに送るなど、、、内心こんなに諸外国に手を広げては、、、苦々しく思い悩んでいた秀忠は、このオランダの「お為ごかし」に、ついつい乗ってしまうのでした。こうしてオランダ以外は交易御法度、キリシタンも御法度のおふれが出ます、世に言う鎖国です。スペイン・ローマへ出かけた、支倉一行はこうして戻る国無く、、、宙に浮いてしまうのでした。後に島原の乱で、カソリックの息もほぼ止まります。不平タラタラの伊達は四国に改易します。こうして、ちっぽけな島のアンボイナの乱は、日本に幕末まで足かせを填める結果となり、ひとり洋学は蘭学のみ、日本はそれなりに満ち足りているという自己満足に終わってしまうのでした。実際には貧乏暇なしの国だったのに。
因みにこの英蘭のアンボイナ事件の紛争は、英国の紳士的な外交で戦争には発展しませんでしたが、、、35年間くすぶり続け、1657年にオランダが賠償金を払い、協定通りクローブを1/3分けることで漸く決着しています。イギリスには目の前にトラファルガ海戦のスペイン海軍があり、スペインの政治干渉に敵意を持つオランダは、ヨーロッパでは味方!、、、「アンボンのクローブ」如きは、「大事の前の小事」だったのでした。
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*)Clove;丁字:(ちょうじ) 花のつぼみを乾燥したもの=香料
clove bud
中国で、形から漢字の丁の字のようだから、「丁字」と名付けられた。日本では丁字と呼ばず「ちょうじ」と読みます。
開花直前の蕾を摘み取り、陰干しの後天日干しするようです。
現在では、従来のClove Budのほかに、茎・葉・樹皮などを水蒸気蒸留して、香料成分のみを取りだした製菓・料理用のpowderも大量に取引されているようです。
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