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6月18日はおにぎりの日、だそうで、、、

誰が決めたか、責任者出てこい!と言うほどのことでもないようで、、、。「米という字を分解すれば、、、」八十八になって、「米寿」が88歳のお祝いとされるように、何でも毎月18日が米食の日に決まっているのだそうですね、、、そこえ持ってきて、映画舞台女優と歌手姉妹の一青妙・一青窈の一青と言う地名がある、能登半島の付け根中能登町に合併される前の隣の鹿西町杉谷のチャノバタケ遺跡発掘中におにぎり型の炭化米の化石のようなものが発見され、研究の結果、弥生時代中期以前のモノで日本最古のおにぎり様のモノという鑑定がくだされ、鹿西町の「ろく」にちなんで、6月の18日が「おにぎりの日となったのだそうです。地名「一青」も、チャノバタケ遺跡も出ている中能登町の西部の地図です。
中能登町の地図mc001
発見された炭化米はこんな形だったようです。
tankamaishutudo.jpg
この形からは、所謂、両手のひらで結ぶ、おむすび握りと言うよりは、粽(チマキ)笹巻きのたぐいで、長○棒のチマキよりは、三角の笹巻きに近いモノのようです。
timaki.jpgsasamaki.jpg
研究の結果、殆どの粒が、餅米で、かなり砕かれてからこねられており、中国のkauの形式で、日本お餅つきは先に餅米を蒸してから搗いて崩す、、、に対して、中国の餅kauは、先に餅米を粉にひいて、水で練って団子にこねてから、竹の皮や、笹の大葉に包んで蒸すのですが、この炭化米は中国式で作られて、、、ひょっとすると、儀式に使われて偶々そのまま、残された、、、のではないかと推定されたようですね。

現代のおにぎりは、コンビニのモノなどが主流になってしまって、三角形の型を使って、詰め込んで型抜きして、必ずのりを半分折りでもいい巻く、「海苔巻き」おにぎりが、主流になってしまいましたが、、、我々の学徒動員の昼のおにぎりは、
海苔も梅干し一つも入っていない只の麦入り飯の大きなシオ握りがそれも一個だけ、、、それで、飛行場作りや水道工事、のコンクリート管運びや土運びのもっこテンピン棒担ぎさせられたモノでしたが、、、稗・あわ飯や、昔は肥料にした豆かす、そのままパクつかさせられるよりはおおきにマシで、有難かったモノです。思えば戦時中のあの頃のごちそうは、弥生中期以前の食生活以下だったように思います。更に、終戦直前の、戦爆連合空襲による、輸送設備鉄道拠点の破壊後、終戦で、外地から引揚者・復員者が大量に帰国して、食料は優先的にそちらに廻されて、地方の食糧難は極度に嵩じて、配給は芋の蔓、カボチャの葉の太い茎、,,,おかずじゃないのですぞ、「米穀通帳」から始まって、の「主食の配給手帳」で買わされたのですよ。弥生時代以下、縄文時代でさえ、こんな主食はなかったでしょう。
6月18日はおにぎりの日、、、有難い日が出来たモノです。食事の前には、すべての恵みに感謝すべきですね。
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