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中国の伝統的な闘蟋は古くから重量制だったよう、、、

横浜のホンチ遊びをご紹介して、、、ロボットのコントロール系の話にしようとしたのに、中国の伝統的遊びの闘蟋はかなり古くから天秤を使って、天秤の下の目盛板の揺れの範囲以内の重量誤差以内という、重量制だったようで、、、2項目前に紹介した、横浜のホンチの写真は、あまりにも体格が違いすぎるよ!、、、とのご指摘を受けました!確かに、一方は何匹か、共食いして大きくなった歴戦の勇士のようですわ。
日本でも、横須賀市の観音崎博物館でしたか、私の記憶に間違いなければ、10年ほどの前の秋の読売新聞に、囲み記事で、中国の闘蟋をコオロギ相撲と題し当時の上海のコオロギ協会へ行ってきた方の話の紹介の他に、、、別途日本でも、横須賀の、上記観音崎博物館で、コオロギ相撲の観察会があるという記事だったと思います。
このほか、私の持っている本では、光文社文庫の小林茂樹著「世界一周 道具パズル」という文庫本の冒頭の質疑での紹介が、、、この中国「唐」(5世紀から7世紀頃及び8世紀から10世紀頃)から「宋」(10世紀から12世紀頃)の時代に掛けて何度も爆発的に大流行したとされる「闘蟋」(とうしつ)で、こんな道具の絵とイラストが出ています。
闘蟋の道具011闘蟋を楽しむ光景012


kourogi相撲
唐文化の最初の隆盛の兆しは7世紀頃に、遅い方の爛熟期からとしても、9世紀頃としても有に1200年以上の伝統文化とも言うべき遊びのようです。
一つの特徴が、結構古くから、戦う蟋蟀を天秤に掛けて、ボクシングや、レスリングのルールのように、重量制だったようで、、、横浜ホンチ遊びのように、小錦に舞の海が挑戦するというような取り組みがあり得ない、、、遊びだったようです。
小林繁樹氏が著書の挿絵で示されたような、重厚な焼き物の蟋蟀の飼育壺や、指物師の手になるチョイと込み入った、仕掛けもありそうな(丁度向こう側になっている?)闘蟋籠木箱と言った風のモノは現在の上海や、観音崎博物館では見ることも出来ないようで、、、安直に、どれもプラスチックのあり合わせの蓋付き円筒や、透明な弁当箱ほどのプラケースでは、唐文化発祥の遊びと言われてもにわかに信ずることも難しいように思われますね。
闘悉計量
対戦準備
横須賀・観音崎のコオロギ相撲は「相撲」と言うだけに、重量制ではないのかも知れませんが、、、又茜草で、蟋蟀を刺激する、、、などと書かれていますね。何故茜草なのか?、、、唐時代からのしきたりなのか?は判りません。茜草を使ってコオロギを刺激
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テーマ : 雑学・情報 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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