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ラヂオ・ノスタルジア爺としての鉱石検波器の解説

怪説爺としては、鉱石ラジオとゲルマニュウムラジオは一緒にして貰いたくない。初期の無線感応電信を語るに、その図にコヒーラーを横位置に置いてほしくない。まやかし、勝手画きだからである。
又、鉱石検波器に使われたガレナ(方鉛鑛)と組み合わせた紅亜鉛鉱(ジンカイト或いはじんさいと)は、天然物でも人造鉱石でも実際に使われたなかには赤くなくて、淡黄色のモノもあったのを私の親父が虎の子のように大事にしていた検波器を見ているので、ここにそのスケッチを示しておきましょう。ガレナとジンカイト検波器003sc
冒頭の、感応火花通信時代の検波器、コヒーラーは、自己復帰させ易いように自重が効きやすいガラス管を縦位置に置くのが当然の成り行きで、これを横位置において説明されている方があり、科学するカタカナ、大丈夫かな?、と笑えます。何?証拠が要りますか?ではしょうがない、、、ドイツで1993年に発刊された、ラジオ・ノスタルジーという本から、、、表紙001sc
Funk mc
左上の絵が残っていた実験装置の詳細写生図、大きい方は、ライデン大学だったかのグループが1920年頃に作った複製モデルの写真。感応昇圧コイルでなく、摩擦起電気機とライデン壜蓄電壜で火花を飛ばしている。
思い出すのは、平賀源内のエレキテル、電線のない時代の可撓導体は鎖です! まったく美事な復刻版!(by GW0RTA ウエールス在勤時代の荒川OMのご提供に由りますTKS JA3AER!)よく見てください、コヒーラーは縦位置です。
ガレナ(方鉛鑛)の方は、日本でも、大化の改新の30年後、対馬の含銀方鉛鑛から分銀法で採集された銀が我が国初の鉱産物として天武天皇の朝廷に献上の記録があるほど賦存の多い鉱物ですが、,,これとバネ鋼だけでも接触検波は可能ですが、初期の鉱石検波時代は、検波感度の他に安定度が肝心で、感度も部増しして且つ安定度も優れる、ガレナに接触鉱物としてもっとも効果的とされたのがジンサイトまたはジンカイトとも読める鉱石で、天然亜鉛華鉱石ジンカイトも用いられましたが、多くは人造ジンカイトが用いられました。というのは、天然ジンカイトは、アメリカのNYの北西80kmのフランクリン鉱山の他には、ポーランドなど世界でも数カ所の鉱山で見つかるだけで、高価なモノではないが天然賦存が少ないモノなのでした。
元々亜鉛が、地下深くの圧力と熱で、気化しながら酸素と熱結合して、結晶化したモノですが、狭雑する僅かなマンガンが結晶格子にはいると、半透明紅色になり、微量の鉄がはいると、半透明黄色になったモノです。高温高圧オートクレーブで割と簡単に結晶が作れることが判り、昭和初年から人造鉱石が市場に出ました。うちの親父の虎の子は、この鉄共雑の人工鉱石のようですね。
c-zct-brma-淡黄じんさいとzincite2nj Franklin Mine
工業化が進み、バネ鋼が、細いコイルスプリング状に巻けるようになって、、、又真空管増幅も可能な時代が来て、鉱石検波器の出力は多少犠牲にしても取扱い易さと安定度に重点移行して、、、鉱石をバネで半固定の筒型鉱石検波器が登場します。インターネットを浚ってみましたが筒型鉱石検波器の分解写真までは複数の方の掲出がありますが、この筒型を使う時懸架するホルダーまで写真に残された方は、唯お一方、、、お写真拝借します。foxton  holdersfoxton口蓋断面図002scearly foxton
この古河鉱業(創始者古河市兵衛)の山一マークの付いた、FOXTONを発売したのはマークとは違って、foxの名が示すとおり「狐崎電気工業」。古河財閥系の各社の株主に狐崎姓が散見されたところを見ると姻戚関係の方の会社だったと思われます。又株式投資家だったのか、ラジオ放送の初期は、放送内容の大半部分を占めたのが株式立会株価現況の放送だったので、一族が放送を聞くためにはまず鉱石検波器が必要で、世の中にも商品化が必要とすぐ思いついたのではないかと思われます。
foxton鉱石の分解写真は多いので、そちらを検索ご参照ください。唯、この「山一」印の鉱石検波器の、使いやすさとして、鉱石感度が落ちたようなときに、一々この写真お方のように、皮紙を剥いてやすってエボナイト筒に穴を開けてまで何が何でもスプリングをいじらなくても、鉱石の接触点が頭の球形部分を机に「狐の鳴き声」,,,コン、、と叩けば容易に変わるが、そこで又ちゃんとホールドされるように、金属製のふたの内側が、放物面状に穴繰りされていたことです。このふたの断面図も上に示しておきましょう。戦時中以降のfoxtonは、この加工を省略したために、エボナイト筒の側面に小さな丸穴を開け、釘の頭つっこんでスプリングをはじくことになったわけです。狐崎電気さんの知恵の深さ思ってみてください。
特にこの筒型検波器のおかげで、電池管真空管ラジオから交流式エリミネイター式ラジオに移ったときに、検波がハムバランサー使ってもハムってダメで、結局、3球式レフレックス式で、検波だけは一時期戻って、このつ筒型鉱石検波器を使って、高周波226-鉱石検波-(もう一回オーデイオを226にレフレクトする)-112A-112B(2結)といういわゆるレフレックスなす管鉱石検波3球式朝顔ラッパラジオが、昭和一桁後半に一時流行しました。やがてまもなくフィランメントでなく、傍熱ヒーター型の三極管227が出来て、鉱石が取り払われてなす管並四227-226-112A-112B(2結)が出現したわけです。アメリカでマイカ鑛田が発見されてマイカが廉価にふんだんに使えるようになって、電極のがっちり保持にマイカ薄板が使えるからと真空管の首が利用必要とされるためにST管球化されて、これらは27A-26B-12Aもしくは01Aと12Fに差し替えられました。伊達や酔狂でST管になったわけではありません。技術の歴史があるのです。マイカ資源の発見利用が画期的な増幅率が期待できる4-5極管の開発を早めたわけです。1932年に、ST管で但し管内制電塗装も、管内メッシュシールドもない五極管57が新発売されましたが1932-1933.png
ラジオに差すとそれまで検波管として使われてきた4極管UY24Bほどにも安定でなく自己発振し5極管は安定という下馬評に反し不評でした。ガラス内壁での陽極二次電子の反射が問題で、、、管内メッシュシールドほどの必要もなく、グラファイト系の管内制電塗装で、この二次電子の暴れは収まり、その後のこの手のST5極管の管内制電塗装仕様の嚆矢となりました。24bとこの57が戦前最後のラジオ局型123などのいわゆる3ペン(ペントード五極管の略)57-47B-12Fもしくは24B-47B-12F3球式マグネチックスピーカー内蔵使用の箱型ラジオでは小さ目でまあハイカラでした。

ラジオの検波から脱線しましたが、我々の尋常小学校時代は、4年生から理科の教科が始まったのでしたが、4年生用の理科の教科書上巻を買うときにどういう訳か、小学校用理科鉱物標本というヒト箱30種の鉱物の標本箱を買わされたモノです。私の場ワイは姉と兄が既に同じモノを2箱買わされていましたので、親が金をくれずに買うなの厳命。見るときは、姉のを借りてみていました。兄はいわゆる「コンジョワル]で、自分は鉄道や昆虫なら夢中になるのに、鉱物にはまったく無関心なくせに、又自分でも自分の鉱物標本箱の開けるひもを解いたこともないくせに、絶対に貸しては呉れませんでした。あの標本箱は、ひょっとすると一度も開けられないまま兄以外の誰かによって、ゴミ箱に捨てられたのかもしれないと私は不憫に思っています。
小学校用の薄緑のボール紙の箱でふたは尾錠でなくひもで結ぶ形式でしたが、、、そのものではありませんが、似たもの30個入りの例の写真借用です。hyouhonbakonorei.jpg
それはさておき、この小学校用鉱物標本箱には、上述の方鉛鑛がかなり大きいモノが入っていましたから、小さいトンカチと、小さな小ねじ用のドライバーで、トンカチして数個の小塊を採って、山一フォックストンの筒っぽに同じスプリングで、いろいろはめ代えて又コン、と丸頭を斜めに木机に叩いては感度が変わるのを執念深く根気よく鉱石塊をいろいろ比べるために、親父の鉱石ラジオで、比較してみたことがありました。方鉛鑛に限るならば、結晶面がきれいに鏡のように平らで立方体結晶のようなきれいな塊はだいたいどう回してこんこん叩いても聞こえるのは全部平均して聞こえるがぐんとは感度が上がらないのに対し、がたがたぎしぎしに細かい結晶だらけの不定形の塊は、コン、コン、根気よく回しているとある時ビックリするほどハッキリと放送が入って、、ああ、もうここで止めておきたいなあ、というほど感度が上がル時がある、ということが結論でしたが、比較実験の揚げ句元の鉱石に戻して、最良でもそのときに比べるとどう回しても8割方が最高かあ、、とあきらめて親父の返したことでした。このとき、本で読んだ検波能の在るはずの他の鉱石、閃亜鉛鉱、黄鐵鑛、黄銅鉱、等も(残念ながら紅亜鉛鉱は30種のなかにはありませんでした)試しましたが、方鉛鑛を入れたときの最低の音ほどもラジオの音が聞こえるモノは全くなく、これが骨折り損のくたびれもうけ、という奴か!と思ったことでした。しかし最初にラジオが聞こえることを見つけたヒトは、ビックリしただろうなあ!がホントに実感でした。
その後戦後になって、大井脩三著の本(ほんの名は思い出せませんが)だったと思いますが、乾電池の炭素棒の含浸パラフィンを高温の焔で焼き飛ばして、表面の灰を濾紙で拭いて落とし、これと、電線をつないだ脱脂したきれいな縫い針(鋼鉄)との接触で、一応ガレナほどではないが、1/2-1/3ほどの検波出力が得られることが判っている、、、とあったので、早速、古乾電池単三の炭素棒を抜き取り、火鉢の隅の紫炎のなかでしっかり燃やしたところ、反っくり返って3つに割れてしまいましたので単一の寿命の尽きるのを待って、再度、今度は七輪の炎で煙や炎の出なくなるまで焼き飛ばし、縫い針もしっかり石けんで何度も洗って、脱脂してよく乾かして、どっちにも電線を半田付けして、鉱石ラジオにつないで、同調をとってみたところ、ナント弱々しいながら、放送が聞こえるではありませんか!これが私がゲルマやガレナや、真空管以外の接触検波器で放送を聞いた初物となりました。針をビニールテープで炭素棒に押しつけて固定したら聞こえなくなり、炭素棒を水平に固定し、ハりをなるべく自由にそっと横に乗せる自由接触程度でないと検波能がないようでした。でも黄鐵鑛や黄銅鉱や閃亜鉛鉱に裏切られたよりは、ずっとずっと満足感がありました。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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