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日本海海戦の頃の海軍の電信儀の概要と信濃丸

又、無線電信ですが、真空管や、鉱石検波器もない時代の無線電信はどんな苦労の末に実用出来ていたのか、後のために残しておかねばなりますまい。これも、確か、無線と実験の昭和10年頃の記事の手書きでの書き写しです。
火花が感応現象、今様技術用語では「誘導作用」があることは、今更説明の必要はありますまい、しかし、この減衰電波は現在は、B電波として、厳に発射を慎むべきもっとも厳しく禁ぜられた電波ですが、、、当時は他に感応現象的にこれに変わる有効な方法が知られてなかったことによってまかり通ったのですね。イギリスで公開されたマルコーニの電波がこの方式であったこともあって、、、長波用高周波発電モーターや真空管が出てくるまでは、まあ「これしかなかった!」ということですね。この松代・木村式34式・36式43式等は、図中に示したように軍艦から発射されても海上で70海里や200海里ほどしか、実用到達距離が無かったため、日本海海戦の頃迄に九州方面の海岸の高いところに、30カ所ほども、受信儀をおいた無電受信台を設置しなければならなかったようですが、幸い、信濃丸が発信した無電はこの36式つまり安中式の強力型で、連合艦隊の旗艦三笠でも聞こえていたが、電信員が舞上がってしまって発信元信濃丸がわからず、、、もたついて電文本文頭部分を取り損ね、駆逐艦が手旗で三笠に送った方で確認したため、電文に少し齟齬を生じたらしいのです。電文紙を副官に渡したときは既に副官も東郷司令長官も手旗を直接眼鏡視認していて頬笑んで何事も呑み込んで居られたようです。
艦隊司令長官宛、発信元海域36特任信濃丸、本文ツートトツーツーツー記号の後、、、テテテ ミミミ(註:敵艦見ゆの暗号文)  ホンヒテンキセイロウナルモナミタカシ 段落記号 と後半は濁点なしの平文が正解だそうです。ホンジツの「ジ」やなれどもの「ド」など、当時はダクを送るな、という無電員教育だったそうで、濁点のはいることは無電文では可及的に避けたのだそうで、、、巷間伝わる、「本日天気晴朗なれども波高し」は無電文ではなく、駆逐艦の送り手手旗信号手が、受け手に取りやすく配慮した手旗信号手用かみ砕き文だということのようです。
当時の瞬滅火花無電送信儀と受信儀の回路図の手書きコピーがありましたので引用しておきます。当時はまだエナメル線は「舶来モノ」「シェラックワニス塗り」で、カタカナ和文符号「ソ」ツーツーツート、合調音「相当高価」な電線でありました。
いずれも現在のアンリツ電気の前身会社、安中電気の製品のようです。木村駿吉考案瞬滅火花送信儀001mc
印字受信儀002mc
とにかく、軍艦や、特任見張り艦信濃丸では、マスト間に複数T型アンテナ並列に繋込んで、前のや対にする受信機と鳴き合わせて、36式では200海里、海上約370キロは飛ばしていたわけですから、マルコーニの実験からまだ5年そこそこの考案ですから、この松代氏と木村俊吉氏の頭脳と、努力は、大いに評価すべきであり、まさに実用品として、この大海戦の結果に直結したわけですから、その実用効果はマルコーニの比ではないようにさえ思われます。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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