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あらためてノルマンデイーについて、、、

ああ、あのロンゲストデイの!、、、とご存じの方がめっきりと、減りまして、、、寂しい限りです。ノルマンデイーって?北欧のどこか?、、ええ?なにフランスですって?フランスってパリだけじゃないノオ?って言うメタン子までいまして、、、一寸寂しい極みです。
フランスは、フランス人自身に言わせると、、、五角形というヒトと、六角形というヒトと居まして、必ずヒトと同じことは言いません、付和雷同は彼らのもっとも恥とするところですから、、、。絶対個人主義に徹します。
中華思想と軌を一にして、世界の中心フランスで、その又中心パリで、その又中心が自分なのです。まあ角の多い方6角形としましょうか。
F六角で8エンテイテイと接す001mc
ドーバー海峡を隔ててイギリスに面し、ベルギーから陸続きでルクセンブルグ・ドイツ・スイス・いたりや・モナコと6つの国に接し、地中海のコルシカ領と、スペインの島に相対して、スペインのイベリヤ半島と接し途中、小国アンドラとも接し合計8国と三つの海に囲まれています。このうち6角形の左肩の一辺の大部分が、ノルマンデイー地方といえます。キノコのようなノルマンデイー半島が突出しています。このうちベルギーとの国境ダンケルク、までの右半が、オート(高いの意)ノルマンデイー、セーヌ川を境に南西半分サンマロ湾付近までを、バス(低いの意)ノルマンデイーと呼びます。この地方は、葡萄は発育が悪く、良い葡萄酒はとても望むべくもありません。草地にリンゴの木が勝手に生えたようなところに木の森が点在し、ポプラ並木には、カササギが落とした糞から宿り木が生えて、丸い茂みが枯れ木に映える、冬はそんな情景です。草地には放牧の牛が三々五々と居て、時々、イギリスから飼養依頼された、競馬用のサラブレッドが、何頭もまとまって、通り過ぎるという光景も見られます。Houlgate picCrds 馬と破傷風007mc
海水浴場の砂浜だけは馬を乗り入れてはならない地域が限定されていますがその他の道路、宅地や農地、牧草地は、人馬共用ですから、破傷風危険警戒地域になっています。上記するようにフランスは世界中で一番自由な国で絶対個人主義ですから、自分の身の危険は自分で守り予防接種は自己責任の範疇です。私の過ごした、東京は、、、駒場の元農学部、教養学部の野球場も運動場も馬の乗り入れがあったところですし、住んでいる元田無市の田無農場も、本郷の東大内の御殿山運動場付近も、そんな過去から破傷風菌の住み処です。プラスノルマンデイーでの6年余、お馬と、破傷風菌とのおつきあいは、長いわけでした。「抜け出た馬が萩を食う」(クリック)ご参照ください。
そんな田舎でなにしていたかッテ?四半世紀前、ここの工業団地の一角に、合弁で工場を造らされて、、、大勢のフランス人の中で、働いていたわけです。工場の敷地の選定から整地に始まって建設、従業員の訓練、試運転、操業の開始、、、と6年ほど、勤め上げて定年リタイアお払い箱、1987年の操業開始から20年目に、赤字が続いて、2007年工場閉鎖。
ご多分に漏れず、CDT組合は大騒ぎ、、、工場引き継ぎの会社も現れず、スクラップ価格で工場機械・設備類が競売にかけられ、組合員は2009年8月にももう一騒ぎ、この際の動画がまだYouTubeに残っているようです。
四半世紀前の工業団地のパンフレットから、、、Dives_sur_Mer_工業区003mc
休止した頃の門EUROCEL gate
機械積み出しトラックにたかる従業員EUROCEL.png
歴史を言えば、この地区には20世紀の初め日本では明治30年代の後半に、海沿いの地に銅と真鍮の板と棒の大きなヨーロッパ一の圧延工場が造られて約75年、操業が続けられていまいたが、主力機械がいかにも旧式になり、ドイツと、ソ連の機械力にかなわなくなり、1986年閉鎖して、そのうちの半分ほどの人員で、日本と合弁して、1987年プリント回路基板用の電解銅箔工場を造ったわけでした。がしかしめまぐるしい技術の変遷で、今度はたった20年で第三世代のプリント回路用極薄電解銅箔の製造が適わず工場閉鎖となったモノでした。組合員の抗議の模様の何年か前の動画がまだyouTubeEUROCEL(クリック)に残っていました。
ここは前にも紹介いたことがある千年ほど前に、英語圏で言うウイリアム征服王が、ここDives-sur-Merから小舟数百艘で船出して、イギリスを攻め落としたという港ですが、、、その東には私の住んだウルガートという砂浜海岸もある町があり、ここには毎年2月、バレエといわずにクラシックダンスを標榜しての競技会があり、審査委員長にかの大屋政子おばちゃまが、現れていました。ooyamasako.jpg
Houlgate picCrds casino005mc
馬がこの地区は進入禁止ですが、海水浴場とカジノがあり、後ろの館は、フランスで、17番目の土地持ち貴族の館で何年かに一度来る程度のようです。ちょいと内陸にはいると、農家を買い取ってレストランにしたこぎれいな気の利いたレストランがいくつもあります。
Houlgate picCrds 農家レストラン006mc
Houlgate picCrds004mc
海を背景に丘の中腹から見た絵はがきと、海側から私の住んだ丘が見える絵はがきを掲げましょう。この丘の先端が、ノルマンデイー一番のハンググライダーのジャンプ場所になっています。海抜123mと言う話です。
私の住んだ家は、フランス27番目の土地持ち貴族コルニッシュさまのドメインの借家で、下の丘の写真の右から約1/4の中腹の木陰に見え隠れしています。
Houlgate カラの300mm望遠写真008mc
ハンググライダー突端の下の道の一番先から300mmの望遠でとったイギリスの火力発電所の写真と、私の家からノルマンデイー上陸海岸方向を同じ300mm望遠で撮った写真です。白い船は、カーン河河口の港町ウイストラムと、イギリスのポーツマスとを結ぶ、仏英共同フェリーがウイストラム出港して5分ほど沖に出たところです。
ちょうどその延長上の海岸がロンゲストデイのオマハ海岸です。約80キロの距離離れています。
そのずっと手前、ヨットハーバーの先のアパート群の向こうにカブールという落ち着いた町があり、ここのグランドホテルに毎年大屋政子おばちゃまも、お泊まりでした。
1282_ho_00_p_346x260.jpg

こんな左の方にはカジノも付いた良いホテルです。このあたりからずっと南の田舎の方一帯が、有名な、Pay d'augeという田舎村群で、カルバドス県自身の名の付いたリンゴで作る54度の強い酒、カルバドス酒や、生チーズ、フランス語ではフロマージュがセッセコと作られているところです。
pay dauge et calva-wine
fromage de pay dauge トップ3mc
日本では、カマンベールが有名ですが、もう少しコクのあるポネベックや歯ごたえとうまみの濃いリバロウが、渋いワインやカルバドス酒の年代物に合うと、バス・ノルマンデイでは、1-2を争っています。フロマージュの名前はいずれもここの村の固有名詞で、このペイドージュの村の数だけ、フロマージュの種類とブランド名はあり、それぞれに個性があり、好みと相手料理とお酒の味によってその日の相性は変わります。90になんなんとする村の名前から、お客の接待に携わる身となると、ワインの名前と年代の正否と共に、17-18種類のフロマージュの名前もいつの間にか覚えるようになります。それがこの飼い馬桶の村くんだりに生活する宿命のような、又楽しみでもあるわけです。
牛は牧草地に放し飼いが多いですが、その牧草地にはリンゴの木が勝手に思いのまま生えていたりするのがここノルマンデイーの特徴で、これが車を駆って国境を越えてドイツに入ったとたん、リンゴの木が、縦横斜めに整然と一列に並んで植えられていて、国境を越えたと言うことを思い知らされます。牛とリンゴの木と牧草地usinomure_20121130235310.jpg
こういう、おとぎ話の主人公になったような田舎道をまだ半分明けの朝靄の中を車を転がしていたときの右カーブを曲がったとたんに目にした異様な光景のスケッチが出てきました。まずはご覧ください。
大樹に登ったオープンカー001mc
この木に自動車が登ったのは、この年5ヶ月前に1台目で、もう少し上まで上って、枝が、自動車を串刺しにして、自動車が爆発、木が裂け折れたというわけです。この朝がナント2回目、、、今度は若者カップルが乗ったクラシックオープンカーで、折れた手前まで登って少しずっこけてひっかかっていたわけですね。翌朝の新聞記事によると、女が運転していて近くの農家から女が救急車を呼んだときは、男が助手席で、眠り込んだまま首が折れて絶命していた。女は、狂乱していたがかすり傷一つ無く、救急隊員の引き留めるのも振り切って、男のマフラーを引きずって、林の中を歩いていってしまったのだそうです。前の事故車の霊が呼びつけたので、女はその付近一帯ではとうとう見つけられなかったよし。フランスの地方新聞も結構、罪作りな記事を書くモノだと思いました。
この林から20km以上も道路から直角に離れたところの海際にSNFという国営の製鉄精錬所があり四半世紀前当時は、急進左翼労働者の巣で、公害防止に金掛けるくらいなら給料を上げろと公害防止対策も遅れたまま毎日黒々と煙と灰と埃を吐いていましたが、ナント行方不明だったこのオープンカーの持ち主の女の遺体がこの精錬所の鉱石の山から掘り出されて、、、数ヶ月後にもう一度新聞記事になりました。道路際からのSNFの工場のスケッチです。モンドビルのSNF!005sc
フランスは良い国でノルマンデイーものどかなところですが、冬のめまぐるしい天気の変わりようと重っくるしい空と海の鉛色には、気鬱ぎに誘い込まれることが多かったでした。

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