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19世紀からのモールス電信のソフトとハード

無線電信、当時の「無電」は、殆ど20世紀とともの始まっていますが、、、針金回線でトンツーを叩くのとかロシヤの楽音信号を送るのは、殆どそれに先駆けること1世紀前から心がけられています。ヨーロッパでは、電信がない時代からさらに一世紀前から、有名な鉄道のシグナルに残った腕木通信法があり、軍隊では伝令の人力駆け足伝令による通信隊が存在していました。フランス革命では、フランス貴族250余家系の旧貴族が、ナポレオン軍の参謀本部将校家によって全部が入れ替わって現在のマルキになって居ますが、その中には、伝令将校つまり通信隊将校の貴族家系もあるわけですね。
日本では、陸軍が軍隊の編成を試行錯誤の末に騎兵連隊を一編成、木曾駒産地に近い岐阜に置くと決めたことによってほぼ、基礎的な軍隊編成と設置箇所つまりハードウエアが定まり、従って各軍兵種ごとの担当ソフトウエアの準備として、、、明治22年(1889)に2人の通信担当の将校と下士官、吉田中尉と近藤軍曹によって和文モールス符号が、案出されたようです。陸軍は、電線を持って行って野山を引き回して有線電信を叩いたわけです。
この電線の引き回しには、その後、軍用犬(日本ではシェパード犬と呼んだ大型犬)に電線リールをしょわせて、電線通信回路を確保するなど、敵前での軍用犬の活躍によって支えられていた部分もあり、昭和に入っても、日中戦争の初期に、下半身に重傷を負って両後足が利かなくなっても通信回路を確保した、軍用犬金剛号は人間兵士並みの最高勲章であるキンシクンショウを受賞しています。その後1940年代になって、ようやく前線部隊では無電が使われるようになっています。
19世紀の半ば以降産業革命効果の実質発展の大成果の一つ、鉄道網の敷設が急速に行われ、当然連絡用に、鉄道電信が使われましたが、直流でリレーのコイルに電気をオン/オフするだけですから、着鉄片は、付く始めと切れるときだけにしか音を立てません。モールス「A]「トン・ツー」を叩いたつもりでも、電信受信儀の着磁鉄片は、チャカチャッカとしか音を立てません、ピッピーという連続音にはなりません。鉄道電信や、郵便局の電報電信は、このチャカ・チャッカ式で最後まで続けられました。海軍の艦艦間の燈火信号もモールス符号でしたが、これは短光・長光の組み合わせで「テカ・テッカ」という表現でした。この光点滅信号は、飛行機同士や、飛行機と基地の整備員との間でも片手モチの光信号器(オルジスといった。たぶん商標から呼び名になったモノ)で使われたこともあります。宮崎駿監督のアニメ映画「紅の豚」でポルコ・ロッソと、空賊飛行艇の間で、通信していますね。貴重な参考映像です。
19世紀時代のこの無電が叩かれた電鍵、錠前はないのに鍵だけある変な言葉ですが英語でもキーkey、、、有名なメーカーモノは今でも名前が残っています。
manu keys 2 006sc
manu keys 1004sc
写真説明にもあるように、アメリカの南北戦争の頃に既に使われた「駱駝の瘤」などというのもあるンですね。
又、下の方の2つ、スパークと言うのが入っていますね。無線電信が始まった頃はテスラの感応コイルなどで昇圧してスパーク火花を飛ばし、火花電波をキーイでon/offしたから、こんなスパークという名前が残ったんですね。

最後に、欧文/和文のモールスの他に、タイ語、ハングル語、アラビヤ語、ヘブライ語、ロシヤ語そしてギリシャ語のトンツウもあることを、表によって示しておきましょう。よく韓国からQRVしておられる、JA6HW 角居洋司OMはハングルトンツウもマスターして韓国の相応通信士の資格もお持ちのようです。

MorseCords For Other Languages003mc
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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