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真空管回顧録13 ラジオロケーターに使われていたEIMAC超短波用三極管

ラジオロケーターという言葉がおわかりになる方は、激減中のことかと、、、。しかも頭に「ろ*獲」(ロカク:最近の日本語変換機能では出てこなくなった)つまり敵軍が放置して逃散したので労せずして頂戴した戴きモノの意味、昭和17年2月にシンガポールを攻略した、山下奉文率いる軍がイギリス軍が置き逃げしたラジオロケーターを頂戴したのが、日本がラジオロケーターの実物に出会った初の出来事ですが、その後フィリピン攻略軍も、マニラ郊外の丘の上でどうもまだ試験中だったと思われる、ラジオローケーターをロカクしています。この「無線と実験」昭和18年1月号所載の記事はその米国製のモノと思われます。
断っておきますが、当時のこの種電波の反射でモノとの距離・方角をとらえる日本語「電波探知機」は、ほぼこの英国で先に完成実用化された「ラジオロケーター」で、シンガポールにあったモノが既に実用されていたモノでした。映画「トラトラトラ」(日米合作)に出てくる、ハワイにあった米軍配備中のはイギリスの情報に基づいて米国で試作された試験中のモノで、この記事のフィリピンでロカクされたモノと、ほぼ同時期のモノと思量されます。何でもがアメリカが先と思わないでくださいね。この時期には別のことが起こっていますよ。ドイツはウルツブルグの本にもあるようにもっと短い㎝波でアンテナにパラボラアンテナを使って方向距離探知の精度を上げようとしていましたが、英国は、何より実用化が先と、メートル波での、送信には八木宇田アンテナを、受信には複雑大型アンテナを回しての検出精度の向上を目指していたようです。
この「無線と実験」記事はたまたま私がSKされる前の先輩、exJA2TYM故・水谷OMから戴いた雑誌で、このコピーをとった後、他の本と一緒に、JARL技術室に送ったと思います。そのコピーの原コピーを探しましたが出てこず、20年前の私の手書き「パピーニュース」時代のニュースレター第18号からのまごまごコピーで、証拠写真程度で内容の読み取りは難しいかと思いますが、、、一応1ページ宛で、見開きの写真は分断ですが、示しておきます。同誌同号56頁と57頁です。
eimac三極管記事mc001
eimac三極管記事002
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*)註:写真で示した文の第1行目にあります、、、「皇軍によってろ獲された」の「ろ」のところの漢字デス
まあ何とか記事の文字は読み取れそうですが、写真がもうこのパピーニュースのコピペで乱れており、今更どう救いようもありませんが幸い、使われていた真空管はEIMAc250Tと250TH、そして変調管はEIMAC304TL、超短波出力管か検波管かが、EIMAC152Tのようですね。全部表題のように3極管です。この項の筆者もそう信じて書いているようですが、当時超短波を変調する変調管自身も、超短波用の真空管であるべきという考えがあった用に受け取れまた事実304TLは、そのために4個の三極管コンパートメントに分けて並列平衡化し、引出線を短くしてインダクタンスを減らし各電極の見かけのインピーダンスを下げることにした設計の平衡型電極配置の真空管です。これにより記事にあるごとく、陽極線条間静電容量(Cpf)を小さくするようにした電極設計ですね。、、、
写真としては、57頁にある、ガラス管球からエーコン管のように引き出し線が直接引き出されているのが、152Tで引き出し線のインピーダンスを下げるために平行に2本宛出してあるようです。英国で開発されたこの種球のような接触確保の金属リングなどは静電容量を増やし、可使周波数上限を下げてしまうことを避けてはめられていません。因みにイギリスのメートル波のラジオロケーター用の真空管には付いていたようです。一寸後の時期の球ですが、ご理解のために接触環付きの球の写真を掲げます。cv5962-thumb.jpg
この辺の管球技術と引出し方の改良技術が、この筆者が三極管電極製造技術では優秀だったEitel社が真空技術と赤熱時には残留ガス分子を吸着してしまうというタンタル陽極の応用で真空度保持のゲッターレスをも実現したMcCullough社と組んでEIMAC社となったプラスアルファの効果のように言っているわけですね。この時代のガラスと金属の接合技術、就中真空管の足の引き出し技術の難しさとその競争は熾烈で、紆余曲折の末に、ミニチュア管の全盛時代を飾った、ボタンステムというミニチュア管のガラス底から直接7本や9本の足を引き出す究極の方式に落ち着いて、それまでのバンタムステムや、エーコン管の水平引き出しなどもあっという間に消え去ってしまいました。それほどに、過渡期の足の引き出し方法の不良率は高く、ボタンステムの確実性はそれほどに優秀だったようです。
このタンタルという金属がもうこの時代に既に送信管の大面積陽極板にふんだんに使えた、アメリカの資源力には確かに筆者でなくとも驚かされますね。工業技術力も共にですが。
戦争を始めてしまってから、彼我の技術開発、工業力の差が20年の余も遅れていることをイヤと言うほど思い知らされた、、、まあそんな事件でもあったのです。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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まとめ【真空管回顧録13 ラ】

ラジオロケーターという言葉がおわかりになる方は、激減中のことかと、、、。しかも頭に「ろ*獲」(ロカク
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