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萬世橋駅跡のあった鉄道博物館の開館の記事とグラビヤ

再び昭和11年5月号の、科学画報に戻ります。冊央グラビヤページに見開き2ページで、当時新しい鉄道博物館が萬世橋駅跡に出来て、この年の4月25日に開館したと写真入りで報じられています。
昭和からの鉄道博物館mc
このブログで昭和8年の子供の科学誌の表紙で、蒸気機関車の解剖図をお見せしたのも実はこの稿の、このグラビヤの左上の実物の蒸気機関車の解剖展示をお見せしたかったからでした。
ここに鉄道博物館が出来てから丁度70年後に、ここは手狭になっていろいろ制約も出来して、大型展示物の搬入も出来がたくなり、さいたま市の大宮区大成町の高崎線ガードの脇の2萬8千平方メートル余の敷地に、車両等搬入用の引き込み線付きの新しくて広い鉄道博物館が完成、萬世橋の方は閉館して1年後の10月14日鉄道記念日に、こちらがオープンしたようです。
300px-The_Railway_Museum.jpg
180px-Reilway_museum_01.jpg
萬世橋から大宮区に引っ越したのは判ったが、では、鉄道博物館は萬世橋が初めてだったのでしょうか?「鉄道博物館」という大文字の見出しの下に、なにやらコチョコチョと書かれた文字が気になりますね!
ではその文字の所を拡大してみてみましょう。
グラビヤ説明記事mc006
やはり、ここ萬世橋が最初の場所ではなく、東京駅北の高架アーチの下にあったと書いてありますね。この萬世橋以前の東京駅北ガード下の鉄道博物館については、残念ながらインターネットには詳しい記述は見つからず、高架下にあったが関東大震災で殆ど焼失、その後も同じ場所に再建されたようだとのみしか書かれていない。
又、この萬世橋の博物館の名称は、いつの間にか、戦後運営組織が変わり、交通博物館に変わっていたんですねえ、いつ変わったんだかもはっきりしませんでした。この昭和11年の開館時には、鉄道博物館であり、又東京駅北の高架下の頃も鉄道博物館であったことは確かのようです。
左ぺーじの上下の写真の解説の所も拡大して掲げましょう。
左ページ上下の説明記事mc007
その後、昭和17年に萬世橋駅は、廃駅となり、戦後になって、そのガード下部分が、交通博物館の拡張展示部分になっていたんですねえ。大宮区大成町に引越す直前の萬世橋交通博物館の萬世橋からの、写真を掲げておきましょう。
KOU-haku mc~1
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テーマ : 歴史大好き! - ジャンル : 学問・文化・芸術

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