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昭和11年5月号「科学画報」の頃と銭塘江の逆流海嘯

順序手順前後で済みませんが、前稿で誠文堂発行の昭和8年6月号の「子供の科学」誌の代理部の通販広告と目次とその上の上欄グラビヤを使って、当時の社会の一端を解説いたしました。ほぼ80年前の、未だやっと地方都市の半分ほどの地域に、電灯線が配線されつつある年で、、、定額灯という伝統だけの使用契約で、電気が必要な明け方から明るくなるまでと、夕方薄暗くなる頃から夜10時頃までだけが給電されると言った時代でした。それ以外は明かりが欲しければ、個人的に石油ランプ、や蝋燭を使う時代の延長上、、、ラジオは鉱石ラジオ、といってもゲルマニウムがあるはずもなく、古河鉱業の供給する方鉛鑛を、狐崎電機という子会社で、両端に金属ネジ蓋を付けたエボナイトの筒にバネと方鉛鑛の粒を挟んでセットした「FOXTON]という礦石検波器を使ったモノでした。フォックストン礦石検波器受信機mc(このラジオをも含む代理部広告も以下で採録します、先ずは拡大です)未だラジオの殆どは、お金持ちが、A,B,C,電池式真空管式で聞く以外の一般大衆は、長い竹竿2本しょっ引いてきて高くて大きいアンテナを建てて、こういった礦石検波器受信機で電気なしで聞いていたのですが、、、昭和8年に、JOAK(東京)、JOBk(大阪)、JOCK(名古屋)等の放送局と、受信契約した放送受信者の契約数が100万台に達したとの理由で、年間受信料それまで4円を一挙に1/4に一台当たり、1円に値下げを発表しています。このクインメリー号が大西洋航路に就航した、昭和11年頃は、そろそろラジオも、直熱真空管主体で検波器だけは礦石を使った、エリミネータ(電池を省略するの意)式交流整流管使用の受信機の朝顔喇叭の受信機の普及が始まり、、、この年の夏には、ベルリンに行った、河西三省アナの歴史的実況放送が、オリンピック主催国ドイツの誇るゲネンゲル選手を水泳帽半分の差に抑えて優勝した、前畑選手の優勝を、タダ前畑がんばれ、頑張れ頑張れ、、、が、勝った勝った勝った、前畑勝った、勝った勝った、、、に変わるという、コレ実況放送?と思うタダ雄叫びのような、放送にみんなが朝顔ラッパに耳を傾けた年になったのでした。未だその前五月号の科学画報の目次は見開き2ページと、その左ページに片折込の1ページ計3ページ。チョイと3ページをここに横長では、もう読めませんので、折り込み2ページと右見開き1ページに分割掲げます。
s11雑誌目次003mc
s11雑誌目次004mcmigi

実は子供の科学の目次紹介でお見せしたように、目次の上欄グラビヤがあって、左から、3ページの欄間を貫いて、6枚の組写真があります。横一線では、チョイと小さくなり何のことかわからなくなりますので、2段にしてお目にかけます。
海嘯組グラビアmc
一番左に、説明があり、「南支銭塘江の大潮は世界的の奇観だ。満潮時には杭州湾より押し寄せる波浪は1時間約12哩以上の速度を以て遡り波頭は高さ約4メートルに達する。」と書いてあります。実際、月の引力による潮の満ち干が東西に延びる大河で東に開く大洋への河口が、ラッパ形に開いていると、潮が東から西に月の動きに連れて押し寄せて、西に向かって川を遡るときに競り合って、波高が高い海嘯となって川を数十キロも遡ることになる。ほぼ東にラッパ形に大きく開く大河は、銭塘江が、世界で一番のようで、map銭塘江
他の遡行海嘯では、ブラジルの大河アマゾン河の「ポロロッカ」が波高1m数十センチで安定しての河川サーフィンが出来るとて有名ですが、インターネットで、調べると、ポロロッカサーフィン
半数以上のサイトが、食品スーパー「ポロロッカ」を取り上げていて、本家のアマゾンの遡行海嘯については知ってか知らずかお留守のようです。
銭塘江の逆潮は八月の大潮が一般に高潮で、杭州市民は伝統的に8月の満月と月餅を賞味しながら、この高潮がやってくるのを、気長に待っているのが習慣のようです。最近は、高潮の水の怖さ(この高さで、平方メートル当たり約7トンの力)を知らぬ遠くからの観光客が多く日本の交通標語と同じ、「注意1秒怪我1生」的の大きな立て看板の前を逃げまどう観光客の写真がありました。疎忽一時痛苦一世mc
中国語では「一時のうっかり粗忽で、痛苦一生」ですね。
お話変わって、代理部通販の取り扱い広告。こちらは購読者が、子供の科学よりずっと広い年齢層ということと、この昭和8年11年という時期の、日本の電力供給状態のかなりの改善、機械の輸入と国産化の増加などのあってモノの製造はかなり豊かになりつつありました。都市部や、工場の多い地区では既に電灯料金は、定額灯の他に従量料金制が始まっていた頃です。
代理部の通販取扱の中味にもこの3年の間にも若干の日本の技術進歩を窺わせるモノがかいま見えます。もうこの年は既に、誠文堂は新光社と合併していて、子供の科学も科学画報も同じ会社の雑誌でした。先ず子供の科学代理部共通項を含む4ページ。
科画代理1-4mc
先ず第1ページ反射望遠鏡。この頃「子供の科学」誌で木辺茂麿という先生が反射望遠鏡の原理とソノ屈折に比べての決定的な利点と磨き方と作り方を連載され、この翌年でしたか単行本を発行され、小学校の図書にも入ってきました!天文少年どもには垂涎の、始めて反射望遠鏡の秘密を知る、喜びの本でした。この本によると、手磨きで、磨くには、厚いめ(厚さ15mm以上ほどの)の15センチ直径ぐらいの厚手のガラス円板を二枚重ねて間に研磨砥粉を挟んで湿式で無理に押しつけないで慌てずゆっくり磨いてゆくと、一番自然に自重でどちらかの一面が放物面鏡になって磨いてゆけるのだが、そんな厚手の直径15センチのガラス円盤2枚を円形に切ったり、入手することは、個人では先ず無理、と書かれていて、この50台の反射鏡は、3インチ、つまり手磨きで旨く放物面鏡に出来る直径6インチのその半分の小さい直径で思うに機械切り出しで且つ機械磨きで、放物面になるように、機械的に面圧を調整しながら、磨いたモノと思われました。反射の利点は屈折望遠鏡の対物レンズが、当然の原理として光はレンズのなかを通るのでプリズム効果で、色収差を生じてしまうために、アクロマートなどの、色収差補正レンズの組み合わせが必要になりやっぱり大口径屈折望遠鏡はヘッド部分がとてもが重くなり、星に向ける角度により光軸のブレ量が変わり、精確な光像が獲られにく倍率が上がれば上がるほどこのブレの影響も倍率倍に増幅されることになる不便が伴う、これに対し、反射望遠鏡の原理は、光の反射はガラスの表面だけで起こる現象であり、ガラス内の現象は、無関係に出来る抜本的利点が有り且つ、又鏡は、望遠鏡の底面に置けるので、重心を低く構えて、鏡自身が歪まないように支えることは、かなり容易になるので、かなりの大口径のモノまで応用の可能性があるのだそうで、、、。まあ、小学生にも納得の行く説明でした。
そのほか、第4ページに電線のゲージ規格別の値段は表示されていますが、、、現在では何でも材料、部品といえば規格が当たり前ですが、日本では漸くこの頃になって、梅田電線(後の住友電線)の就職しておられた後のJARL会長JA1FG謙一氏などの、MITマサチュウセッツ工科大学など洋行帰りの技術者によって、材料部品の規格化への声が高まり、、、日本標準規格(JiSの前のJES)への規格化の動きに急速に育っていくのです。因みに戦前の無線界のMIT洋行帰り3羽ガラスは、三田無線研究所創設の戦前J1FQ/J2IH茨木悟氏、そして上述の戦後菊水電波に移られた戦前J3CC/戦後JA1FG梶井氏、最後が、戦前の「無線と実験」誌では「K.S.生」として編集に携わられて、戦後は三田無線に居られた、戦前J2PU/戦後JA1AD戦後直ぐの復興雑誌少年工作連載の「健ちゃんのラジオ」の斉藤健氏の3氏。更に4ページ
科画代理5-9mc
この工作道具類は、ウチの親父もボツボツ買って、油拭きして手入れして、長持ちしました。戦時中、防空壕のなかに古材木と古板で、親父と兄貴でヒト坪ほどの部屋を作り上げていましたし、私や引き続き、弟も無線を始めて、、、送信機も受信機も総て自作の時代、、、親父のこの工具道具のありがたさをしみじみかみしめました。
余談になりますが、前の子供の科学代理部の広告にも別名で掲載がありましたがこのエジソンバンド、、、戦前から戦後にまで架けて随分息の長い子供向けの商品ですね、山田洋次監督の寅次郎シリーズの、甥っ子の満男君が、中学生ぐらいの話に、このエジソンバンドの啖呵売やっていて、1個満男君に土産に葛飾・柴又とらやへ持って帰っています。
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テーマ : 自然科学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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