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科学画報昭和11年5月号LZ129ヒンデンブルグ号

前稿で昔の科学画報の記事を引用したら、、、その頃の科学少年にとって興味を引いたニュースはナンだった?と言うご質問がありました。独裁ナチ・ヒットラーが国を挙げてベルリンオリンピックを誘致してこの年開催を構えて全力で権勢を世界に誇示しようとしている頂上のこと、科学技術、工業的誇示としてはド派手にも、初の配合秘密の強力アルミ合金「ジュラルミン」による硬式巨大飛行船LZ129号が竣工し、春2月に進空式があってそのヒットラーの前までドイツの大統領だった「ヒンデンブルグ」号と命名され、科学画報中扉ヒンデン001sc
空に浮かんで最高速度135km/時までの試験飛行が行われたことでした。ドイツの飛行船の歴史的には、Graf Zeppelin 日本ではツエッペリン伯爵で知られる空軍中将が退役して、飛行船会社を起こして、硬式飛行船、LZ-1号で、時速30Km(まあ自転車で一生懸命漕いだときの速度並み)で飛ばして以来、着々とその改良に取り組み、10年ほど前に、ついに自分の名前を冠したFirst Zeppelin号でアメリカ宣伝訪問に成功、
250px-First_Zeppelin_ascent.jpg
アメリカ海軍から、複数のそれよりも大きくて尾翼の大きくし、馬力もメルセデスベンツの最大のエンジンを積むことで、複数台の注文を取り付け、アメリカの海軍他に納入し実績を積み、更に、ファーストツエッペリン号に代わる、当時最新式最大のLZ127号を建造し、これにGraf Zeppelin(ツエッペリン伯の意)号と名付けて、世界一周飛行に成功していました。これは、日本にも飛んできて、茨城県の霞ヶ浦海軍飛行場に繋留されたこともあります。200px-LZ_127_Graf_Zeppelin_arriving_in_Kasumi-ga-Ura.jpg
そのヒンデンブルグ号の写真並びにイラストが、この科学画報昭和11年5月号の中扉(は上に掲載)とグラビヤ頁計5頁を飾っていますので、引用いたします。ヒトラーはこの尾翼のマークハーケン・クロイツ(日本語では、鍵十字とか鉄十字と言った)によって「世界に冠たるドイツ」を世界に知らしめたかったのでした。(世界に冠たるドイツ;" Deutsheland ueber Alles" は彼の造句!)
科学画報ヒンデン2mc
科学画報ヒンデン3mc
この、上のグラビヤ青の最後の頁の、ヒンデンブルグ号の内部の写真は、海外写真電送(ファクシミリ)が旨く行かなかったと見えて、写真修正どころではなく手書きイラストで、殆ど書き込まれていますが、、、現在、インターネットで、ヒンデンブルグ号の画像検索すると、この内部イラスト修正の元となった写真と思われるモノに行き当たることが出来るのは面白いことです。ヒンデンブルグ大統領は、日の出の勢いのヒットラーに席を譲ったのですが、このツエッペリン伯爵の方は、もともと、気が強く、変わり者と言われるぐらい一本気なモノで、ヒットラーとは相性が悪くいろいろあったようです。
ヒンデンブルグ号は北アフリカ一往復を含むむ欧州を中心に1年旅客便に就航し実績を積んだあと、、、翌年五月に旅客を乗せて始めて大西洋を渡るアメリカへの第一便でレイクハースト海軍基地の繋留搭の直ぐソバまで辿り着きながら、地面に接地ワイヤーを投げ落として、接地した瞬間に、胴体外壁と、尾翼基部の構造材との間に巨大スパークが起こり、塗料が顔料成分としてアルミ粉と酸化鉄という、合わせて使ってはならぬ組み合わせだったが為に、テルミット反応が始まり、外壁が僅々40秒間であっという間に燃え落ちて灰燼に帰したという、痛ましい結果になりました。組写真他、この日はカメラマンが多かったので、事故写真は残っているようですが、肝腎のスパーク発火の瞬間の写真は裏側が一枚だけあるようですが、表側での偶然写真はなくいずれも数秒以降のモノです。
untitled.jpg
この大事故にも、又アメリカのヘリウム輸出禁止にもめげず、ツエッペリン伯爵は、グラーフ・ツエッペリン二世号と命名する予定で、ヒンデンベルグ号とほぼ同型でエンジンを最新型にする、LZ130号の建造に取り掛かりマスが、「数千機の飛行機のために飛行船用の大量のジュラルミンとアルミは皆徹底して回収しろ!」と言うヒットラーの一声で、空軍司令官以下が実力行使して、総ての飛行船が、解体され、ジュラルミンと、アルミのスクラップと化したのでした。以来しばらくそして戦後も十数年は、飛行船がないことになりました。

この昭和11年までは、日本にもツエッペリン伯号が飛来したこともあって、専売局は、アメリカ輸入タバコ「Air Ship]「エヤーシップ」とカタカナタバコの二つ目で、10本入り一箱30銭で売っていましたが、昭和12年ヒンデンブルグの事故もあってか、売り止めとなり、30銭タバコとしては、外国種葉も少し入ったと称する、強いタバコ「光」の登場となりました。

郵趣の方のために飛行船の切手ツエッペリン号とヒンデンブルグ号のを、掲載しておきましょう。
250px-Stamp_US_1930_65c.jpg
LZ129_Hindenburg_Zepps_C57_C58 stamps
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テーマ : 自然科学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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