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サルガッソオの海がウナギの幼生の揺り篭

バーミューダトライアングルで飛行機や船が消えるのとは少し違いますが、サルガッソオの海も又船の航海にとっては、かなり危険なときがあるようです。コロンブスの最初の航海では、ホンダワラ属の海藻こそ、巻き付いては来なかったようですが、行きにこの海域に入り込み、風が何十日も吹かず、航海を断念しようにも帆船時代のこととて、そのまま運を天に任せて、風の吹くのを待つしかなかったようです。
コロンブスの4回の航海mc
北大西洋の地球自転に伴う、主たる旋回海流は、ご存じの通り有名なメキシコ湾流という暖流が、東西の欧州大陸と北米大陸の間で、旋回しているわけです。
メキシコ湾流とサルガッソオ海
その旋回海流が、海の中のゴミや、廃棄物を、グルグル回っている内に渦巻きの特性として小さいモノから順に渦の中心に巻き込んでゆき最後に大きいモノがまとまりすぎて渦に巻き込まれず、海面にゴミの原として残り漂います。従って渦の中心にはゴミや廃棄物や壊れた船が、海藻などの浮遊物と一緒に渦の中央付近に集まってくるわけです。この海草類が北大西洋の場合、ホンダワラ属の蔓性の海藻で、ポルトガル語で、サルガッソオと言ったようで、コロンブスの航海士もスペイン語でそお書いているようです。JA1AEC牧野さんから戴いた、蔓性の海藻に覆われた難破船の写真です。サルガッソの蔓性海藻に覆われた沈没船001mc
20年以上も前に始めた手書きパピーニュウスの30数号目に書いているのですが、小さな塗料会社の技術課長時代の1969年7月15日にアメリカ出張の途次国際鉛亜鉛研究機構(ILZRO)の委託研究の一環として、フロリダ州の避寒観光の海岸マイアミの西の外れにあった、2つ「Sun Test社」と「South Florida Weathering社」の広大耐候暴露テスト場のサンプルの採点に4日間をマイアミに滞在しました。避寒地のオフシーズンの真夏です。着いた日が日曜日で、この日は大ホテルで、ミスユニバースのコンテストがあって、このホテル付近だけは、賑わいを見せていましたが、モーテルのオッさんに聞いた所では、「おぬし、なに考えてるんだ、飯喰うところも限られるんだぞ、この季節には!」と叱りながらも、南の海岸沿いまで降りていくと、漁港と小さな港がある、その付近には、荒くれ者相手の飯屋と、飲み屋があるから、そこに行くしかないな、気をつけろ」と荒っぽい親切で、教えてくれました。
宿でシャワー浴びてすぐ南に走ったのですが、日がとっぷり暮れた大通りは道をたずねようもない人気の無さ、4-50分で漸くそれらしいキングスベイという町にたどり付き、一軒の食堂に入ったらシェフ兼主人らしいのが、「夕飯か?どうだもうここは片付けたから向こうのバーでなら大抵のモノは作るが来ないか」で、席を移すと、かなりのご老体が2人、差しで飲んでいるだけ、、、、シェフも片付けが終わってやってくるや、「そうだ!日本人か?日本人なら聞きたいことがある。日本人はred・snapperはどう料理して喰う?」と来た。新鮮なサカナなら寄生虫さえいなければ、先ず刺身。特に真鯛なら、鱗を外し、、、、と言い始めたら、冷蔵庫を開けて今朝のこれだと、でっかい日本の真鯛の大よりも二回りも大きいのをエイヤッとぶら下げてきた。3枚に卸す、卸方と、、、塩焼きと、刺身を教えたら、これなら俺にも出来そうだと、、満面笑み。日本人にはこれよりもっと小さいのがいいんだが、と言ったら、そんなのは簡単だ、漁師に注文しよう、と言っていた。ピザ竈がないかと聞いたらあまりいまは使わないがある。と言うので、フライパンと厚手のナベで、塩蒸焼(岡山の鯛の浜焼き)を教えておいた。
バーボン呑むかと言って、これはおごりだと、座り込み、[実は、俺はここで店を継ぐまでは大戦の途中から海軍でコックをやっていて、その後潜水艦の砲手兼コックで潜水艦に乗っていた。」そこで、刺身と塩焼き作ってくれた。まあ大味だったが、バーボンにはぴったりだった。ほうれん草があるというので、お浸しにして、これに醤油を掛けるのが、日本人のお好みだと言ったら、「醤油はsoy-ソースだろ?聞いたことはある、調べておく」と言っていた。ごま塩作ってかけて食べていたら又目を光らせていた。明日の晩も来るよ、と再会を約して退散した。
翌朝テレビで、アポロ11号が、マイアミの北のケープカナベラルから打ち上げられる所をやっていたが、宿からは、隣の建物が邪魔でダメだった。マスターは、150哩も北だから簡単には見えないよ、と言った。

仕事先は、マイアミの東西を貫く州道41号線を西に随分走って、130丁目から230丁目当たりまで広がる草原とその先の番地も丁目もない砂漠荒れ地の広大な両社の合計暴露場所有地面積は、概算してみたら、愛知県の面積のほぼ70%に当たるので驚いたのだが、幸いなことに、サンプル懸架場所は、5箇所に分散はしていたがいずれも事務所から車で20分以内のサバンナの中で日本なら蛙や色変わりする雨蛙が一杯の代わりに、大中小の色変わりするカメレオンが、むやみやたらと一杯いて、飛びついてくるだけで、蚊やブヨは殆ど昼間はカメレオンの大群に食い尽くされていて、割と苦労せずに仕事は捗りました。
蛙サイズのカメレオンmc
潜水艦乗りだったシェフに会いに日暮れをまって出かけ、この日は、昨日の残りの大鯛で、浜焼きの練習した、どうかと試食させられたが、何か隠し味が要りそうな大味だった。彼も同意見、マヨネーズがいいと彼は言ったのだが。試したら確かにぴったりだが、浜焼きと外れてしまう。後は任せた。この後彼が、サルガッソゥの話を、始めたんでした。
戦争が済んでからの方が潜水艦はとっても忙しかったんだ!第一番に、5月降伏直後、ドイツの潜水艦の殆どは、燃料がなくてみんな大西洋上で、救助を求めて白旗を揚げて漂っていたんだ。これを探して、駆逐艦がやってきて曳航して持っていくまで、連絡する任務が有った。日本に行く予定だったという潜水艦も一隻有った。連れのもう一隻の日本士官の乗った方は、自沈したという話しも流れた。その後、今度は、この潜水艦数十隻を無人にして、駆逐艦が大西洋上に置きっぱなし、これを、吾等が潜水艦の砲撃と、魚雷で、撃沈するロカク兵器の破壊遺棄が行われて、又出撃訓練、、、行きの航海はナンでもなくて、艦長と航海士も、サルガッソゥの海もたいしたことない、ナンにもない!と言っていたが、古参兵達は、これじゃ帰りは大変だ!と囁き合っていたのだそうだ。
450px-Lines_of_sargassum_Sargasso_Sea.jpg
写真を見てください。この白い波頭!これ皆ホンダワラの消防のホースほどもある蔓が芽を出し始めるときの模様なのだそうです。ホンダワラの蔓の海中写真がこちら。sargassumrannnersc.jpg
この元潜水艦乗りシェフも言っていたが、ホンダワラの蔓は、消防のホースほどの太さで、数百ヤードにもなっていて、夏の終わり頃にはテキサスの大牧場ほど海面上にも出るほども繁茂するのだそうです。ドイツの潜水艦や小型艦艇を廃棄訓練で沈めた後の帰航時には、サルガッソゥの海は、繁茂の真っ最中で、、、フロッグマンチームを2組(計8人)も積んでいなければ難破しかねない10数度に及ぶ、スクリュウやラダーに巻き付く事故にあって、ナビゲーターと艦長が、殴り合いの大げんかをして、帰港後軍事裁判にかけられると言うほど生きるか死ぬかの必死の燃料温存航海で、ナンとかサルガッソゥの海から生還したのだそうです。
大の男の元潜水艦乗りが、敵国の潜水艦とはいえ、折角戦争が終わったというのに、これを自分の手による砲撃で沈めるのは決していい気持ちはしなかった、とぽつり泣き出しそうに淋しそうな口元で述懐しました。
その気分を切り替える意味でか、このシェフは思いがけない話題を口にして機嫌を直しました。
サルガッソオの海は、季節によって、船の墓場にもなるが、実はここが、EEL(ウナギ)のベビーの揺り篭らしいんだ!海底にも肥やしがたっぷり巻き込まれているからだろう!、、、と。
40年ほども前の当時は調べようもなかったのでしたが、この言葉をヒントに今現在、インターネットで調べてみると、なるほど、ウナギの幼生の成長の大きさは、ここから周囲に広がり、最後に45mmの「シラス」となって西北欧州大陸海岸に到達するようです。220px-Anguillamukmc.jpg
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テーマ : 自然科学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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