スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

干支の起筆「木の兄・子(キノエ・ネ)」の年

前稿でご紹介したように、干支の10干12支の順列の一回りは、60年これが人間の記憶の一つの単位に丁度良さそうな、と言うことで、年の重なりを避けるために、年号の代わりに古代中国では、暦年の呼ばわりに使われたようです、これが、秦の始皇帝のころから、皇紀の呼び名が付けられるようになりますが、民間では干支を使っていたかのようです。皇帝の天地の神の祭祀を記録し天象現象を記したモノには、かなり重複して双方が見られる由です。60年というと人生比較ではかなり長いですが、白髪3千丈の國でも、5000年に比べると短く、皇紀の併記がなければマルッと60年取り違えられた筈の歴史事件も起こったに違いありません。

日本のケースでは、いつ頃こうした中国古文化が伝わったか、はっきりしません、日本のまとまって書かれたモノでは、古事記しかありませんから。只法隆寺が出来る少し前には、相当はっきりした、ある意味での当時の組織だった古文化が、移入されていたはずと思われます。次が天平勝宝の中国文化の大輸入でしょうが、、、
古すぎるところは、専門家に譲って、甲子園の続きぐらいですと、、、少しは話も聞いています。
ここの荒れ川、武庫川の2支流、枝川と申川が、何度も改修したが天井川になって手に負えず、、、兵庫県が廃川に決定して、武庫川本流の改修に方針変更したのが、大正10年頃、こうして荒れ地の処分が、川砂も乾くころから始められ、当時阪神電車が替え地などをほしがったこともあり、この地域一帯の買い取り先に白羽の矢が立ち、大正12年9月関東で大地震が起きるや、兵庫県はもう待って居れないと、捨て値500万円で指し値阪神電車に最終買い取りを云いますが、そこは関西商法、100万円の値引き交渉となり、県側が折れて、祝儀金10万円戻しの、410万円で買い取られました。100万円の予算は国道2号の建設代に、また310万円は武庫川本流の改修費として引き当てられました。この土地が、整地され、甲子園地区として、娯楽遊園(後の阪神パーク)、甲子園球場、そして住宅地として阪神経営の地名甲子園大地区になったのが、丁度1924年干支で言うと、「キノエネ」=「甲子」の年大正13年だったのでした。
その60年後、1984年は、私事で恐縮ですが、台湾の住み込み4年でやっとなれたところで、1人でフランス人の中で、同じプロジェクトを1人でノルマンデイーでやってこいと放り出された、中曽根政権もくそもないさんざんな年でありました。中曽根首相は「殊勝」な顔をして、,,パリー祭に来ていましたが、、、、

甲子園の年から、60年前に時を戻すと、、、明治がすっぽりそこにとばされて、江戸時代、尊皇攘夷の突出の時代、元治元年が、1864年です。
外国が攻めてきたころで、、、長州が砲撃されたころ、、、江戸湾の岸にはお台場の大砲代わりにお寺の梵鐘を徴発して、並べさせ、日本にも大砲あるよ!とお寺の鐘の口の方を沖に向けていたのでした。
その年長州や薩摩藩を砲撃したのは、イギリス、この年そうです、ロンドンの一番大きな鐘 Big Benも3年がかりで鋳込んで庭に置いているウチに中まで冷え切ったら自然に大きな罅が入り、鋳直して、少し小さめの13.7トンの鐘にしたのでしたが、、、一度鳴りかけたのでしたが、急に涼しくなった秋の初め、鐘の縁と、鳴らす内部の舌にいつの間にか罅が入って、周りの4個の小さい1/4点鐘(テニスの15.30.45と同じ)のみとなっていたのを、鐘の釣り方を1/8捻って、割れ目同士が当たらないようにして、この1864年から鳴りだしたのだそうです。

この鐘を鳴らす、モトになる大時計は、1850年頃の当時の時計屋や機械工作細工師相手の大懸賞募集でしたが、1時間に誤差1分以内の募集に当選したのは、アマチュア天文少年上がりの時計収集家で、時計の設計士の資格の勉強中だった人だったそうです。基本設計は彼が行い、振り子の長さの設定も3.9mと云う長さは彼が計算によりだした2秒1振りの数字で、鐘の鋳直しの3年間の間に、振り子の寒暖の温度膨張収縮を1/10以下に減らす、キャンセル装置を組み込んだのと、一々振り子を掛け外さないで、機械と切り離せる、クラッチ用のモノを案出したので、、、、調整や手入れに非常に便利な機械になって、この東洋の新しい暦の月から、、稼働して今日に至っているようです。123 mc
機械の銘板にはちゃんと1859年の年号が示されていますが、そういう、鐘のひび割れの事故2回のお陰で、丁度この「キノエネ」の年にビッグベンがなり始めたと云うことになったのでした。

日本でも歴史上の事件を干支で起こった年を名指して、壬申の乱とか、戊辰戦争とか呼びますね。まあ天皇の御代の頃は、元号で呼ぶことが多いですが、元号だけではその元号の何年に起こったか確定できませんが、たとえば、♪宮さん、宮さんおんまの前に、、、の「きのえね」から4年後の戊辰戦争は、昭和3(1928)年が戊辰でしたからその60年前1868年に錦の御旗がヒラヒラしたと知らねばなりません、、、で確定できるわけです。変哲もない4桁の年号で歴史を覚えるよか、干支で覚えるのも一方法というわけでした。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。