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干支と「えと」

難しく言うと嫌われますが、「干支」という字自体を「えと」と読んで済ます人が多いですが、だいぶ違うんですね。勿論、関連はありますよ。10干12支の一方方向だけの組み合わせは60通り、、、10 x 12 ÷ 2 = 60で、60才が還暦で、またもとの干支に戻『還』るのですが、、、
「干支」はどう読んでも「えと」とは読めないでしょう。読めないはず,,,えとは、[兄弟」から来ているからです。
中国の歴史は5000年と言われます。今でも、YouTubeに残っている今はなきテレサテンの気合い一番の絶唱「中華民国頌」の文句にも出てきますね。そのウチの4千3百年ほど前(西暦紀元前2313年頃と推定されています)から中国には、暦が存在したとされるかなりはっきりした証拠があるようです。占いのことを[占卜]と書きますね。この「卜」の字は、亀甲文字の時代に骨に傷をつけて、暦の刻みにした事のそのままの単純象形文字ですね。勿論「占」の方もカメの甲羅や羊の肩胛骨に字を刻んだという象形文字でしょう。
♪青海的草原,,,で始まる中華民国頌によらずとも、現在でも、お正月の年賀状の絵柄は12支の動物シリーズですが、12年で1周してしまいます。10干の方はご存じでしょうか?我々アラエイ、コト80才以上のモノは尋常小学校時代の通信簿の評点で、甲乙丙丁、、、と言う評点でしたから、コウオツヘイテイボキコウシンジンキと言う10干は、字は書けなくても、順序と読みはソラで覚えています。当時家庭での暦は柱にかかった柱時計の下に日めくりゴヨミがありましたが、これに毎日の10干が書いてありました。キノエから始まって、キノト、ヒノエ、ヒノト、ツチノエ、ツチノト、カノエ、カノト、ミズノエ、ミズノト、、、で10日で一回り、、、この語尾の「エ」、と「ト」、これが「エト」なんですね。中国古来の陰陽五行説のムー大陸伝来の「ムー」すなわち「木」、地球にホモサピエンスが二足歩行して以来はなさなかった、殆どの地球人言語がファ、ホ、に類する音が語源の「火」、そして大地と「打ち出のコヅチ」でなくても食べ物を生み出す「土」、人間よりも長生きする「金」、そして、何よりも欲しい、木を育て土を潤し、火を消すに必要な「水」。太陽と月のほかにこの5要素が重要エレメントと考えられた、紀元前2300年以前の古代中国、従って後世此を呼んで陰陽五行説。ですが、この5行が、「生ル」と「成ル」の、兄弟的「生成」で、「え『兄』・と『弟』」の10干に別れたとされ、『甲乙丙丁戊己庚辛壬癸』に当てはめられて10干となっているのです。
『ヒノエウマ』が『丙午』、甲子園球場の『甲子』は10干12支60通りの一番先!『キノエネ』でさい先がよいのです。ライネン2011年は、辛卯『カノト・ウ』ですね。

何も暦が中国渡来だからと言って、何モカも中国のいいなりになる必要もないことはおわかりでしょう。
佳いお年を迎えてください。
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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