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現存のエレキテルは正確には源内作ではない!

「大人の科学」の表紙から写真を借りておいて、「正確ではない」などといえたギリではないのだが、,,
筑摩書房刊ちくま文庫の平野 威馬雄著「平賀源内の生涯」130-131ページを抜き取って、証拠として示し、源内は、この南蛮渡来のエレキテルの壊れたのを、長崎通詞・西 善三郎宅の納戸でみつけて、譲渡を請い、快諾を得て江戸に持ち帰って、7年掛けて、いろいろな書物と江戸通詞の爺さんに蘭書を読んで貰って、、、何とか電気の勉強の挙げ句、火花が飛ぶほどまでにこの「機械の修復に成功した」ノであり、彼が無から作ったモノではないのです。
只、この機械の箱のスペースにからのガラス瓶があったようで、、、何か判らず、7年も費やして最後に筑摩書房エレキ&西 善三郎との出会のくだり002
ライデン瓶というガラスを容量体として外側に錫箔を張り、内側に鉄屑を詰めて鎖と接触させてコンデンサーを形成させル事で、火花が飛ぶ完全修復に至ったことは、彼の頭脳と努力なしには考えられない快事であったことは事実でしょう。

何で、鎖があちこちに使われたか、若い方にはおわかりがないようですが、まだ引き抜き銅線などという導体はない時代、電気が流せるモノは金属製で鎖ぐらいしかなかったんですョ。
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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