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平賀源内の刃傷沙汰とスパイ行為

ま、次元を超えて江戸時代にワープしてきた奇人のうちでしょう。難解な洋書と首っ引きで、7年がかりで、エレキテルの壊れたモノを、火花が飛んで、時の権勢派田沼意次もビックリして金銀珊瑚を送ったほどだったようですから。しかし最後は、弟子の1人米問屋の息子を弟子にしていたが、源内が寝ぼけて、自分が置き忘れた、工夫書(設計図)を彼が盗み去ったモノと錯覚して、寝起きに追いかけて、口論の末切り捨てて、捕らわれどうやら破傷風らしき病で獄死する末路。このエレキテルは彼が発明したり作ったモノではないことにご注意。南蛮渡来の壊れたモノを苦心の末修理復元したモノ。実物は逓信博物館に保存されています。mimg03.jpg
<大人の科学の表紙から借用>
しかし、、、彼もいつも、有頂天ではいられなかった。元彼の下で下男していた弥七という半端弟子が、、、玉研削師の何とか言うのと組んで、見かけだけはエレキテルの「そっくり」モノを作って、見せ物を始めたから慌てた。源内ほかに手だてなく「お恐れながら」と御上に訴え出るしかなかった。
源内にとって幸いだったのは、そっくり箱の中には鎖が使われず、組紐でつないだ部分があり、電気が通じなかったことであった。彼の願書には、偽物は火花が出ないと書いてあったことで、弥七らは捉えられ、処罰された。源内の評判はキリシタンバテレンの「秘法」を機械にした!と更に高まった。

いったい発明には、必ず今までにないアイデアと、それを具現する工夫、つまり設計とノウハウが相まって、具体的な発明物、つまり実施例に繋がるわけです。

たとえば、日本の陸軍も、海軍も、重爆撃機の開発には随分と苦労をしました。しかし、飛行機の場合はお金払って真似する手がありました。軍用機真似するのに、軍用機を、「ください」「頂戴」で買ってくるわけには行きません。陸軍のはドイツの六発・巨人機ユンカースのベルリン-ロンドン間をつなぐ旅客機の真似飛行機を三菱に作らせました。離陸装置の操縦法が判らず、この重爆撃機は、地上滑走して、速度が出れば出るほど地面に吸い付いて、離陸できなかったんです。付いたあだ名が「地上直線滑走機」羽根の先にある、タブというのの操作装置が真似されていなかったんですね。弥七の箱と同じで火花が出なかった。ki20.jpg
サルマネは却って高いモノに付きました。
しかしそうとは知らされぬ海軍もやがて大型攻撃機が欲しくなり、当時の政商・三井物産に米ダグラス社四発開発途中のDC-4を輸入させ、中島航空機に猿真似四発軍用機深山を開発させます。220px-Japanese_airmail_stamp_of_pagoda_and_DC-4_40Yen_in_1951.jpg
客室を絞って、胴体下部に爆弾倉を作らねばなりません。旅客機の低翼では肝心の羽根が爆弾倉の邪魔になっちゃいます。このため上翼に近い肩翼などという形式名が出来たくらいです。機首には機銃座が要ります。殆ど原形はとどめなくなってついでに格納庫にはいるように尾翼も小さいのを二枚尾翼としましたから、丸でDC-4を真似したとは思われなくはなりました。しかし基本設計の目的が変えられたわけではありません。旅客機の特性が出てきてしまいますワナ、安定に飛ぶ、急には曲がれない、急上昇や急降下は出来ない。軍用機的ではないわけです。結局海軍は領収しましたが、、、輸送機として、魚雷運搬用などの改造して大型輸送機にを開発したことになっちゃいました。やっぱり猿真似は、高く付くと言うこと。shinzan1.jpg


ところが世界的に見て、超近代軍用機の猿真似に近いコピーをやってのけた例があります。昭和19年関東では11月の終わり、名古屋では12月の初め、それぞれ中島航空機武蔵野工場、三菱発動機大曽根工場が、初空襲で、焼かれました。ぎんぎらぎんに光る4発の超重爆B-29の無差別爆撃でした。
この年、6月に、まず中国奥地の4つの飛行場を発った47機のB-29が、八幡製鉄をねらいますが、1機がエンジン不調を起こし、とても中国奥地には帰れぬとてウラジオストック目指して北上し、その北の畑に不時着、機体は、まだvs日本参戦前のソ連に没収されました。6月下旬の大村空襲でも一機がハバロフスク郊外の湖の岸に不時着。8月中旬に満州の奉天の満州航空機爆撃に行ったのが一機、やはりオイル漏れして、ハバルフスク西の草地に不時着。こうして、ソ連は無傷に近い3機の新品同様のB-29の機体を没収したわけでした。
これが、コピー製造されて、、、ソ連製ツボレフ4型重爆となって戦後5年目のモスクワ航空ショウに出てきたのでアメリカもオッ魂消ましたが、、、。量産されて、当時中共軍ほかにも供給されたようです。写真は、中国で、撮影されたツボレフ4型機、この角度から見たB-29の写真は、インターネットにも多いので是非見比べてみてください。chinese_tu4.jpg
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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