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ソマリアとソマリーランド、そしてナイル川の島との関係

アデン湾に出没する、スエズ運河及びハーブアブマンデブ海峡の通過料を強要し、、、拒絶すれば銃火器で脅し、積み荷を奪い去るか、人質を取って身代金強奪という挙に出る海賊が横行するのが、此処、アフリカ北東部の「つの」ソマリー半島沖です。この海賊は、ソマリヤ及びソマリーランドの角逐とソマリヤ内部の政争主として氏族間の主導権獲得争い、で政変只ならず、産業も経済も大崩壊したままの世界最貧国状態がもう30年も続いているのでコーランの教えるところにより*脚注)金持ちから分け取りするのです。もう一つの最貧国は、アフリカ南部、南アの山のなかの部族の國,AIDS発祥の及び最高羅患率のシュワジーランドですが、、、逆にこの政争動乱でそんな暇はないのか、アフリカ諸国ではAIDSがじわじわ浸透拡散しているのに比べて、この地区は、羅患率が低いのだそうです。
19世紀末から20世紀初頭に「アフリカ分割協定」によって、この地区はエチオピア帝国と、英仏伊の欧州3国の4分割がなされ、エチオピア領となった部分をのぞき、1960年、民族独立活動によって、3カ国領は、1つのソマリアとして独立しましたが、此処の氏族の分布が、エチオピアからスーダン南部に掛けて領土線と大きく違って集団居住しており、,,彼ら同士の氏族間の主導権争いが激化してしまい、特にイタリア領だったところと、英領だった地区とのインフラの差から生活格差が甚だしかったことも災いして、妬みやっかみも混じって、血で血を洗う、動乱内戦が激化し、、、英領だった地域は「やってられない!」と1991年1月に再独立、「ソマリーランド共和国」として二度と旧イタリア領地区と一緒にはならない覚悟のようです。前稿のジブチの地図にソマリアとして出ているのは地図が古かったためで現在はその地区はソマリーランド(下の地図では黄橙色部分)が正解なのです。220px-Somalia_states_regions_districtsJuly1520091.png
300px-Somalia_ethnic_grps_2002.jpgT5GG001 mc

交信証カードのアマチュア無線局はイタリー留学人のようで、首都モガデッシオのようですから1990年の交信でソマリーランド再独立とは関係ないです。ここモガデイッシオ辺のソマリー人の氏族(エスニック)は元々スーダンの白ナイル上流地域に住んでいた人が多く、現在も南スーダンと頻繁に交流があるようです。上掲の氏族分布地図をご参照ください。交信カードにも、もう一つのJUBA-islandのコールが見えますが、これがナイル川の島なのです。ちょっと大きいですがこの際ナイル川流域の勉強しましょう。日本の中学教科書地図の、ナイル川流域図です。ナイル川流域
エジプトの母なる川、ナイルは、サラにさかのぼるとスーダンをまっぷたつにもっと南から流れ、ハルツーム・ノースで白ナイルと、青ナイルが合流するわけで、青ナイルは単純にエチオピアの北西部の山の中の水を集めるタナ湖に発しています。白ナイルは、南スーダン高地の襞の多い山地の水を幾支流源流を集めると同時に更にスーダンとウガンダの国境を越えてウガンダからコンゴとの国境のあるばーとこの水も集めながらタンガニイカウガンダケニヤ等の国境をなす、東アフリカ大地溝帯の断層湖の東の大湖、ヴィクトリヤ湖を源流とします。ドイツは第二次世界大戦の折、3千数百トンの商船改造の砲艦1隻を此処ヴィクトリヤ湖まで、ナイルを遡航させて送り込んでいました。ジョン・ヒューストン監督、ハンフリーボガード・キャサリンヘップバーン共演の映画「アフリカの女王](1951年)に200px-The_African_Queen,_title2
D111649789.jpg
この砲艦が出てきますがボガードが作った手製の魚雷によって、まさに絞首刑になろうとする瞬間、魚雷が爆発、二人は湖に飛び込んで、逃れると言うまあ活劇。キャサリンヘップバーン一世一代の好演。脱線が過ぎましたが、この白ナイルがウガンダから国境越えしてスーダンに入った最初の街らしい街が、カードの2つ目のコールの所在Juba islandデス。そんなわけで、このソマリアの氏族分布はスーダン系、ウガンダ系、エチオピア系、等入り乱れているようです。これが損得勘定で、主導権争いが常に行われる主要因なのです。イギリスの植民地政策が、他国領に比べて具体的に旨かった一つの証拠でもあるのかもしれません。日本やイタリーが一番ド下手だったのでしょう。きっと。
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*註) コーラン:アラブ民族の信奉するイスラム教の宗教典ですが、その主体は「砂漠などの無水不毛地に於ける「サバイバル」生き残りの秘策のノウハウ書」とも言われます。アラブなどの砂漠では、古くから、「ベトミン」と言う屈強なアラブ馬を使う馬賊が存在したのですが、現在のソマリアでは馬も飼養できない貧状態ですので、モーターボートをまず強奪し、馬に代えて、海賊になっただけのこと、海上ベトミンというわけです。又中東などの対立も、生き残り術の一環としての意識も作用しているわけです。
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