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1923年の関東地震の項の訂正と補足。

重大なうっかりミスです。当時まだ丹那トンネルはなく、箱根の山はそのまま、天下の険、御殿場線も熱海から先の計画もまだ流動的で現東海道線を、熱海線と称していた時代でした。トンネルの入り口に機関車だけ埋まったトンネルの写真は、ですから当然丹那トンネルではなく(ご免なさい!)、、、国立科学博物館のサイトにも同じ写真があり、、、根府川の、白糸川系山地の山崩れによる土石流に埋もれた列車だったようです。機関車がまず土石流に埋もれて動かなくなり、真っ暗なトンネルから乗客が、数十人脱出線路へ出たところへ、下り列車が徐行で到着、その震動で、サラに山崩れの第2波が秒速20mぐらいで襲って、下り列車と約40人の乗客と、海岸の部落がヒト村海に押し落とされ、、、合計400名余の犠牲者がこのトンネルの入り口付近だけで、出たようです。短いトンネルの出口のすぐ先には白糸川鉄橋があり、崩落していたようで、文字通り進退谷まった列車だったようです。
科学博物館のサイトには陥落した白糸鉄橋の写真もあります。075-07墜落した白糸川鉄橋
お詫びして訂正いたします。
その次の野島崎の隆起の項で、当時の写真技術がまだ、ガラス乾板にコロジオン銀液をアプリケーターで引いて、、、塗って乾かして、大型の組み立て箱形カメラで、黒幕かぶって、すりガラス板に映る逆さ画像のピントを合わせて、ソルントンシャッターの幕を引いて、真っ暗にし、乾板を入れて蓋を抜き、ゴムの握り玉を、「鳩が出ますよう」、と言って握ると、しゃったが走るという、、、、大がかりな写真機時代で、とてもどこでも簡単に写真が撮れるという代物ではなかったので、事件性のない隆起や、地割れ程度のモノの写真は殆ど撮られていないようで、2m以上隆起した思われる、大磯の海岸の隆起の記録写真的なモノ以外、国立科学博物館のサイトにも、房総の隆起の写真は見あたりませんでした。大磯の海水浴場の、海水浴場区域を示すポールを固定した岩の露出も見える写真と、貝や海藻の跡が満潮海面を示し、比較に人物が岩の間に立つ写真とを、引用しておきましょう。071 大磯海岸の隆起2m 以上
075-08大磯の隆起2m 以上
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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