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ノルマンデイーの風景画(3)オンフルール

風景画:3:オンフルール
日本では丁度、関東大震災の年、大正12(1923)年、此処ノルマンデイーの海岸べり、11世紀の昔ウイリアム征服王が小舟数百艘でイングランド征服に船出したというDive sur Merの小さな港あとに、ヨーロッパで最も新しい、最も大型の電動圧延機を持つ伸銅工場が造られたのです。それ以前のこの海岸べりは殆ど静かだったんです。征服王の時代から何世紀も経てフランスは、ルネッサンスの影響を受けて、芸術が盛んになり、絵画も有為転変を経て後期印象派の時代になると、この静かな海岸べりでも入り江や海の見える丘や峡谷のある、変化に富んだところに絵描きの玉子達がパリの喧噪を離れて画筆の修行にやってくる様になったんです。その拠点が此処オンフルールです。前述の新鋭の圧延工場から東に約40km、騒音や塵埃とは無縁でした。そこには小さな入江と浮島があり、その奥に漁港があり水路を挟んで家が建ち並び、入江から漁港や水路に入るボトルネックのところにはねて回転する橋があり、毎日ほぼ決まった時間に鳴る教会の鐘を合図に、この橋がはねて、回転し漁船の出入りが行われていたのです。

パピーの風景画シリーズの一つ、モンサンミシェルのところでもこのオンフルールにちょっとだけふれていますが、ここから東にかなり急峻な山脈が見えその向こうを、約十数キロ、はるばるパリから平らに流れてきたセーヌ川が、あと13キロで海に出ると云うところまで来て、今更の如く幾重にも蛇行し、峡谷を形成しているのです。その峡谷を抜けて数キロm川幅が広がった先に、平均水面から高さ85m長さ約1kmのタンカービルという橋があります。この橋の下は有名な帆船が時々通り抜けるので有名です。
又何年かに一度は、世界中の大型帆船約20隻が一堂に会して、一大パレードを繰り広げるようです。
麦畑有り、トウモロコシ畑アリ、ひまわり畑アリ、ひまわり牧草地、リンゴ果樹園有り丘の教会の裏の谷間には葡萄畑もあり、みんなみんな繪になる風景というわけです。かといって、町もあり、工場もあるのです。勿論粉ひき小屋もありますが昭和40年代から、テープレコーダーの赤井電機が此処に進出して組み立て工場を持っていました。その後、日本にはないAKAIブランドのカラーテレビまで此処で生産していた時代があるようです。現在は三菱電機と合併しましたが、ヴィデオレコーダー、フランス語ではマニェットリコーダーは未だAKAIブランドのようです。又キャノンのコピー機のストックポイントと修理工場も、丘の内陸側にあるようです。これらの工場には、中学校リシーが併設されてあり、フランスがベトナム戦争の際当時20万人を超えるヴェトナム難民を受け入れて、その中学生達をこの日本系企業の2交代制労働力としながら昼夜2交代制で、中学教育を受けながら労働収入も売るという一挙両得政策で、ベトナム難民問題解決を図ったと云う、代表的なモデル地区でもあるのです。
日本企業仲間と云うことで、両三度この中学校へ行ったことがありますが、日本の女子中学校へ来たかと錯覚しました。生徒達が好んで日本の礼儀を学びたがり、日本語を覚えたがるのだそうです。
一つには日本のマンガやビデオを見たい読みたいと云うことのようですが、ただそれだけでなく、故国ヴェトナムの近代化のためにはなんとしてでも日本に学ばねば駄目だと子供の世代は真剣に考えているからなのだそうです。
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