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一青の庄は今?日本人が読めなくなって!萬年青は読めますか?

前稿、台湾の恩人八田技師のコトをアニメ映画にした、石川県の北国新聞社のコトを書いて、石川県で有名「一青の庄」と書いたら、そんな鹿島郡中能登町の一字の名はもう有名ではない、第一もう日本人には読んでもらえないんだから!、、、だそうです。mk_map一青14オモト
確かに、JA6GMKでしたか、のコールサインで、九州の高校生上がりのころまで、森田一義(本名)でアマチュア無線をやっていた有名芸能人「タモリ」も、何で、一青窈の青を「と」と読むのか?と不思議がっていましたね。
日本の伝統「葉芸」観賞盆栽「オモト」が忘れ去られた時代のせいかもですね。
天下分け目の関ヶ原の戦いで、寝返り戦術のおかげで、天下を分捕って、征夷大将軍の地位を確実にモノにした、タヌキ親父(「ホトトギスが鳴くまで待て」ずやはり戦争で分捕った!悪賢い!)コト徳川家康が、江戸城新築を祝って、郷里三河岡崎の金持ち、から贈られた天下に3鉢と言われる「オモトの鉢」とともに入城して以来、、、オモトは、[萬年青]としてお祝いと引っ越しにはなくてはならない「祝いモノ」「縁起物」とされて来、文化・文政の江戸文化爛熟期はもちろん、昭和6-7年の昭和リベラル期まで、観賞植物として、庶民の間で葉芸栽培ブームを繰り返してきたのでした。この「オモト=萬年青」を知っていれば、一青窈の一青も、一青の庄の一青も簡単に読めるのですが。
それから、現代の「一青の庄」ですが上の地図に示した、石川県鹿島郡中能登町の字の一つだけになっているんですね。江戸時代の伝承では、15ヶ村を含む「庄」として記されているようです。その中には一青窈のヒットソング「ハナミズキ」の花見月村も含まれているという、御念の入り用です。一青窈は、知ってか知らずか、わかりませんが。

お話変わって、萬年青、我が家の庭に4年前に、実生が2株生えてきて今は幾株にも分蘖、いずれもご多分に漏れず駄モノ(写真画面左下)ですが、花が咲いて実がなって、更なる実生で、一鉢ウン万円の株でも出て来てくれないモノかと棕櫚と連翹の葉陰に鉢植えにして木漏れ日陰にしてあります。P1040522mmc_20100803081146.jpg
隣のキンカンの木の隣のサザンカの木にヒヨドリのつがいが巣をかけていて、いろいろな木の実やフンを我が家の庭に落としてくれるので、、、小鳥の腸内を経由しないと発芽しない木の芽まで出てきてくれるようで助かります。桑やヤツでや南天の幼生は数知らず、ギンナンの木、そう銀杏まで、出てきて、もう樹高約0.5m位になっています。P1040524mc.jpg
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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