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パピーの昔噺春日無線工業TRIOブランド時代の送・受信機の変遷(JAIG HP のこの稿の焼き直しデス)

JAIGのホームページに居候して書いた、パピーニュウスの写真入り焼き直しです。そのままの文章が主体です。通信型受信機 9R4 の変遷について戦後のアマチュア無線史の記述は、可成りの関心を呼んだようでした。その前に菊水電波、delicaの三田無線、そしてstar の富士製作所が、それぞれ幾つかの通信型受信機を思い思いに上市たことも思いだして戴いたようです。戦後の日本のJAコールが米占領軍局から日本人ハムに戻った、昭和27-28年頃の雑誌の広告などから、抜き取った写真でお見せしましょう。先ずそのトリオの広告。s27Augラ音付録の広告001TRIOmc昭和28年8月号ですが既にコイルパックと、6球通信型受信機6R45のキットの広告の広告が見えます。
続いては同じ雑誌の三田無線の広告、s27Augラ音付録の広告001delicamc更に、菊水電波の広告、これは27年8月号の雑誌の表紙の下部でした。菊水電波s-47001mc但しこれらは忘れられて、市場から消えていったことは残念でした。 命脈を保ったのは、コイル捲きに強かった印象のトリオだけでした。 いろいろなコイル、コイルキット、やがてはコイルパックを供給し、日本初のミュウ同調型の中間周波トランスを辛抱強く開発し続けて、同調コイルのL調整にダストコア入りのコイルやコイルパックが現れて、、供給したことがアマチュアの自作熱を刺激し続けて、受信機は未だ自作するモノという観念が影響したのかも。実はフェライトコアもフェライトダストコアも戦前アメリカで、開発実用化が始まっていましたし、戦時中オキサイドコアの開発も進んでいたようでした。 日本も戦時中、乏しい資源の中から、浅虫海岸の砂鉄鉱床資源から報国製鉄が精錬したフェライトなどを北大研究室に持ち込んで平社(JA8BNの御尊父)・北川(曉)(後の日立中央研究所長)両教授のもとで、実用化研究されていたようでした。 戦後これをいち早く工業化して実用品に活用する道を開いたのが、後のJA1KJ春日二郎氏他2名計3名の技術者、詰まり「トリオ」だったのでした。 ブランドがトリオ、社名は春日無線工業でした。(前掲トリオの広告写真参照)

たしか昭和29年秋の発売の9R4と翌年秋の9R42は同じ大きさのケース。バリコンが、2セクションバリコンになっただけで 外観同じと言っていいでしょう。2セクションバリコンって判りますか?写真を入れましょう。
吉永バリコン4連2セクション001
写真は当時米国に輸出していた吉永の誇る4連2セクションバリコンですが、9R42や42J用は当然3連でした。 ミニチュア管化した9R42Jはケースが少し小さくなりました。 ミニチュア管用中間周波トランスと真空管でスペースが空いたからでした。 回路上などのの特別の変更はありませんでした。こうなる数年前に、TX-1キットの発売を止め、TX88という、A3/A1で3.5/7Mc/s10wの送信機が発売されました。 当時の定番、X'tal発振6AG7GT-終段 UY807を、変調出力管6L(V)6GTでハイシング変調するというモノ。 2年ほどして、TX88A というマイナーチェンジがあったようですが見た目は替わりませんでした。 通信型受信機の方も,SSB化に対処すべく、モデルチェンジが必要でした。

東京オリンピック前で東京が大改造されつつある頃から、アマチュア無線にも大変革の兆しが芽生えました。 A3詰まり、振幅変調の電話に、単側帯波変調SSBが加わるようになったのでした。 現在のJ3Eでなく、A3jになる前のA3aやA3hなどが混在しました。未踏分野時代でQRH、それに伴ってキャリモレする、それが当たり前の時代でした。
1962年頃、ハリクラフター型9R42Jの生産が終了、替わって横行ダイヤル型の9R59の登場でした。 未だサフィックスDは付いていませんよ。 どなたかトリオの通信型受信機は9R-42Jが最初、それが9R-59Dになったとしか爪らしく書かれた方がおられて、歴史がねじ曲げられています。 最初の9R4は間にハイフンなどは入っておりません。 歴史に嘘を書くことはとてもいけないことです。 もっとも昔から生徒が先生を揶揄するとき「先生は見てきたような嘘を付き」と相場が決まっていました。 
当時はメガヘルツでなく「目が再繰る=一秒間に何回眼エが廻るかの数」でした。 それを知っている人が書いて下さい。 9R-59からは合い中にハイフンが入りました。 シカツメ派は「横行ダイヤルにした記念ナンヤロナ?」と思うテマシテン。 SSB検波用に、Q5'erが標準装備でした。 読めますか?当時のSWLやHAMには「キュウ・ファイバー」と簡単に読めるのにJARL/D講習HAMには読んで貰われしまへんのは、先生も知らはらへんよってでっせえ。 不勉強ほんま困りま。 
9r4シリーズが何故9R59シリーズになったかというと、このSSB変調A3jだけでなくA3aやA3h や、A3jが混在した時代の復調に、Q5'er(キューファイバー)と言う中間周波増幅段の総合見かけのQ値を高めることによって、1.5Kcに極めて近い自己発振的寄生振動の引き込みを利用して、音声信号を取り出せることが経験的に見いだされていましたので、9R59ではQ5'erが標準搭載されたのでした。横行ダイヤルから面目も一新した 9R-59Dは、明らかに回路的にも進化、1.5Kc/sずれたBFOを使って、6BE6を用いてゲート検波に近い代用検波をしています。それでDがついたのかも。
SSB送信機には、初めTX-15S、続いて、TX-20S,そしてTX-40Sと、PSN(phase sift network)変調を用いたシングルバンドの10WSSB送信機を発売しています。
TX40-1.jpg
(SSB時代のあさぼらけ、いつまでもムンズカシイSSB送信機を自作させて置くつもりはなかったでしょう、JA1MP長谷川さんは、永年の研究の結晶を自作機で、20mの電波で優秀なSSBを世界中に振りまいて、各国のHAM仲間から、製作の注文までされている有様でしたし、各無線雑誌に製作記事を依頼されててんてこ舞いでした。)
トリオがTXー20と言う、14メガ単バンド水晶格子フィルター型の試作機を世に問い、一年後から注文生産販売を開始したのが東京オリンピックが終わって世の中が落ち着いた頃ではなかったか。 更に数年の間に、TX-40;TX-15;TX-10;と機数限定販売ながら手を広げると共に、受信機も、D検波に替わる、リングバランスダイオード検波型で、3.5-30メガのSSB受信機の試作機 JR-388を発表しました。 TX-88をマルチバンドでSSB化するときにTX-388と命名してコンビにする積もりだったのですがこの目論見は脆くも崩れ去りました。 米国のコリンズラジオに軍用の著名受信機にR-388/JR-388が先に実在したのでした。これらは翌年88を急遽捨て10wの10にか、JR-310とTX-310として、発売されました。 結構9Rー59Dが実用出来て安く、JR-310は売れ行き今一だったようですが、自作で苦労したハムには、HFマルチバンSSBの10wTXは、金には換えられず、好評だったようでした。 初物のSSB送信機ということで、仕様変更が続きサフィクスが猫の目打線だったようです。 3年目に、3.5-28だったのに、6mが加わって10w。 TX-310XVSNだったかサフィックスが4文字の名機が完成されました。
TX310-0.jpg

一方の旗頭と台頭したのが、前評判のJA1MPさんの製作SSB機が会社を起こすことになった、YAESU無線のSSBライン・シリーズでした。 これは別項に譲りましょう。

 TX-310の最終仕様4文字サフィックスのは、6mをも含んだこともあって大好評でしたが、八重洲が、トランシーバー型を計画していることが判ったために、トリオも、トランシーバーの開発を急ぐことになりました。 受信機と送信機と双方にそれぞれSSBを作るバンドフィルターやキャリヤーフィルターを設けなくともトランシーバーにすれば一つで共通に使える利点が知られていたからです。 こうしてTX-310十JR-310の必要最小限の機能を一つの筐体に納め、泣きの涙で好評の6mの馬謖を斬って、3.5-28のトランシーバーの元祖らしきモノが発売されたのが、TS-311と言う、あの可愛ゆいブルーのアンテナ同調ランプがポカポカするトランシーバーでした。
sTS311.jpg


 直ぐ後を追って、送信機能を少し弄って、ダイヤルつまみが増えた、50w型もあるTSー511が出ました。

 ここから先の、TS-520からは、2002年2月号のCQハムラジオ誌の、CD-ROMフロク「ケンウッド社のHFトランシーバー」に詳しいので、端折らせていただきますがkenwoodブランドになる前に、TRIOブランドでもトランシーバーが開発されていたし、それ以前に9R4から始まる通信型受信機と送信機の歴史が、後のkenwoodを支えていたことを書き留めさせていただきこの稿を終わります。

 



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