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真空管回顧録10:いかめしいピリケントップ球201Aなど

アームストロング教授のご紹介にかこつけて、20年前に手書きPニュウスに書いた、古いラジオの繪を掲げましたらすぐ電話があり「あのラジオ、そんな面白いタマが入っていたの?」と当時一家を挙げて田舎を脱出した従兄弟から。たしかにこのピリケントップの真空管形式は、大正の終わりから昭和の初めにGEとRCAで作られたモノしか記録がありません。しかもGE製モノは、ゲッターの焚き方が悪く、ガラス管球全面を覆って繪のように電極が見えるような状態でなく、RCAのUV-200/201であったと特定されます。UV200-yoko18cs 000
この管球のアタマのとんがったのは、何でか古くからピリケン球と呼ばれています。関西の方は、通天閣のや、三宮の「ビリケンさん」でおなじみでしょうが、こんなですよね。hiroba_title.gif右に足裏マークがありますが、ビリケンさんは、特に足裏をさすってあげると、御利益があると評判のまじめ一方の神様ですよ。
米国の女流アーチストが20世紀に入って直ぐ、20世紀は子供の世紀!と子供に幸せをもたらす神として描いて広めたモノだそうで、大阪にいち早くもたらされ、寺内内閣の宰相が少しアタマがとがっていて目がつり上がることが多かったのでピリケン宰相と大阪系新聞が騒ぎ、このピリケンが全国区になったようです。現在でも、ねじ込みでない豆球にアタマのとがったのがあり、正式商品名がピリケン球です。prImageピリケン球
もうこんなアタマから真空に引くことはなくなってこのタマ以降はステムから抜きましたが丁度その変わり目の201Aでした。ベークライトベースの廻りにこんないかめしいメタル板を袴にしていましたが、ステムから真空抜きになって、メタル袴は脱ぎ捨てています。112という万能三極管のフィラメント電流を可及的に減らしてA電池の寿命を延ばした「経済球」でした。12Aはむしろ電流強化して万能球の面目を保ったタイプです。ゾルゲ・スパイ事件でも初めはこの12Aの自励発振で交信していたようです。万能3極管の面目躍如です。

話が変わります。最近稿で何度も引き合いに出す、1932AugのRadio News誌には、又、こんな新しくデビューした3格子管として57の広告が出ています。そのイラストには、224や24にはあった、管内電極廻りのスクリンやスモールパンチメッシュの管内シ-ルドが無く又後に6C6などに施されたガラス球内壁の制電塗装もない裸電極むき出しのイラストが描かれています。57 debut!001
東芝その他、この時代に真空管設計に携わった方々の書き物を見ると、たしかに57の最初のロットはそうであったようです。どうせシャーシー上にセットするときには、管外シールドケースを着せ被せるから、管内のシールドは
pg間シールドクラウンを深めにシャッポしておけばいいだろう、どうせ電極内には重要な第3グリッドを儲けて抑制格子としたことだし,,,と野放図な考えだったようです。しかし、陽極の二次電子放射は管内電極の隙間から出るわけでなく陽極板の裏表から直接出るわけで、何も第三格子を設けたからと云って陽極板の裏からの二次電子放射が止まるわけでなく、やっぱり24/24Bの様な管内メッシュシールドが必要で、直ぐ改善されたようです。が間もなくグラファイトを使ったガラス内壁の制電塗装で、ガラス内壁からの副次放射はほぼ止まることが判り,57/58/6C6/6D6などはこの制電塗装タイプ管球となり、77/78にはメッシュシールドが残りました。
Tube1.jpgTube2.jpg
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テーマ : 歴史雑学 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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