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真空管回顧録(9) 日本の工夫が真空管の歴史に一石を投じたUY-807A

このシリーズ(7)で小型送信管のことを書いていて、30分で描いた手書き真空管5-6本のポンチ繪を掲げていますが、これは最近描いたモノではなく、20年前手書きパピーニュースに描いていたモノの掬い取りしたモノです。非常に不正確な繪で反省しきりなのは、807とその改良品にこの807シリーズの最も特徴的な、電極の上下を支える、マイカ板を支える、ピアノ線がはっきり描けてなかったことです。このファミリーの特徴と言えそうです807famiry mc
この東芝電波、嘗ての帝国陸軍の飛行機及び戦車用の軍用無線機の製造用の社名だったようで、こんなマークなどを使用しています。807a42.jpg
戦前から東芝の真空管研究室に居られた後の南極第一次越冬隊長西堀さんによれば、陸軍が戦車に波長10m以下の超短波による無線電話機を装備したいので、超短波で使える真空管を急いで準備せよ!と言う命令が来たのが日華事変が起こって間もなくのことだったようで、、、諸先輩達は、ベークライトの限界周波数が20Mc/sなのにどうしよう?!と慌てたらしい。西堀さんは、ドイツの文献で、小学校などで、石版に字を書く石墨(科学名は滑石)を粉にして真空下で圧下焼成して、ステアタイトという高周波特性の良い絶縁物がえられることを知っていた。研究所内を調べたら、微細電流真空管の先輩が既にもう実際真空管のベースに使おうとしておられて,非常に幸いして、では此の807ファミリーのピアノ線支柱を頼りに、マイカ板をST管型のガラスの肩で支える必要がないから、無駄なステム空間を、工夫で短縮して引き出し、ステアタイトベースを金属板でシールドすれば、何とか、5mは無理でも10m以下の超短波にまで使えるかも知れない!と研究室色めき立ち、非常な短期間で807Aと言う日本独自の工夫管が誕生して、40Mc/s辺りまで使えるタマとして供給出来た、ステムの引き出し方は、後のJA1DO小石さんが、バンタムステムと呼ばれるようになる殆どボタンステムの原型になるような方法を工夫案出されたようです。これは、直ぐ陸軍の飛行機用の99式飛1号2型送信機にも807Aパラ終段807Aで変調すると言うことで小型化に貢献したようです。
陸軍とは犬猿の仲海軍も、新規制式採用が予定される十二試艦戦(後に「零戦」と呼ばれる名機になる)搭載用の無線電話機ほか電探用として、小型送信管でアタマにプレートの出ないタマの開発を急ぐように言ってきた。送信管只でさえ発熱量が大きく、軍用として少しでも長寿させるには、熱の放射放散に努めねばならない。トッププレートを脚に回すと言うことは、プレート・デイシペーション分の熱がアタマから出ずにみんなステムに廻ると言うこと、海軍さんに分かれという方が無駄!12.6v化して絶縁強化のヒーターの配線への伝熱量もバカにならない。
そこで考えられた藁をも掴む苦肉策、FZ064Aのピアノ線支柱は、ヒーター配線を直接はステムに抜かずに、下部マイカ板を薄く二重張りとしてその間を通して、一旦両端のピアノ線に接続、この支柱にコバール線を繋いで、バンタムステムから抜くと言う方法にして少しでもステムの熱負担を軽くしています。FZ064Aのヒーター配線の秘密vs807mc
此の海軍用のFZ064Aを手に取られる機会があれば是非このヒーター配線が直接はステムにつながらずに消えて、魔術のようにUZソケットにさせばボウッと灯る、この幽霊事件をお楽しみ下さい。

まあ、こうした東芝の戦時下の工夫、苦肉の策が、米国に漏れて、パクられて、その開発力によっていち早く、2E26や6146と言うタマの開発に繋がってし5933と言う、ST管の肩は必要無し、と言う寸胴管の開発にも繋がっています。東芝のUY-807Aというのはそういう意味で戦時下の苦肉策が産んだが、真空管技術の歴史にエポックメーキングな一石を投じているのです。

戦後もかなり経って、もうGT管や、ミニチュア管にボタンステムという、より完全確実な引き出し線技術が定着した頃に東芝は再びUY-807Aを量産球としてカタログに載せたようです。結構しゃれた寸胴球ですね。
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テーマ : 宇宙・科学・技術 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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