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再び南極

いつまで待っても、カテゴリや、スレッドテーマは増えません。南極はどうも忘れられていますね。50年前の日本は南極観測に国中が沸き立っていましたがね。やはり、イージーゴーイング、熱しやすく冷めやすい国民性かな?
例によって、地図と交信カードですが、一気に掲げてみましょうか。ノボザレフ基地mc
前にも書きましたが、地球が空に浮いた傾いた西瓜とすると、そのお尻の西瓜でもやはり白黄色っぽいところ、、、今丁度太陽が北回帰線真上の夏至、南極は真っ暗。ただただブリザードが吹き荒れ、空には朝方の筈の時刻にオーロラが舞うらしい。sc_20100622111510.jpg衛星写真と魚眼レンズのオーロラ写真です。
photo070315-02魚眼レンズのオーロラmc
交信カードのノボラザレフ、ソ連科学観測基地は、日本の昭和基地から西回りの隣の基地、「アデリーペンギンだと思うが、冬の初めには何百万人の人が集まったようなペンギンの集団が、割と近くで見られる、、、」と言っていました。日本の昭和基地の東回りのお隣は割と近くにR1ANBと言うやはりロシヤのモロデジナヤ基地がありますが、ここらは未交信です。sy_map.jpg
50年前(昭和34年)、船齢10数年戦争生き残りのこのオンボロ燈台補給船「宗谷」の設計技師牧野氏が、殆どボランテイアで、改造を設計指示し、日本全国から、船舶溶接工が、手弁当で、横浜の浅野ドックに集まってきて、この船を補強して、10月初めの第一次南極観測隊の出発出港に間に合わせたのでした。この様な日本全国民の総合力が誰の指示にもよることなく、力を合わせて発揮されたプロジェクトは、後にも先にもこのときを措いて二度とは無かったと思います。

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