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南阿の西北、ナミビアは砂漠、季節河川の国

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サッカーW杯に湧く南阿の西北国境は、大きな桃がどんブラこの代わりにオレンジでも流れてきたのかオレンジ川のようです。その向こうには、サバンナの直ぐ先から有名なナミブ砂漠が始まりこの国の北西部まで続きます。ナミビア領の特殊な形003mc
この国は、第二次大戦下まで、ドイツ領でした。その名残の形がこの国の北東角から450km余も延びる細いクワンド川に沿ったカプリヴィ回廊と呼ばれる妙な形の枝のようなところです。ナミビア領の特殊な形004sc
何故この様な妙な腕が伸びているのでしょう?
これが、19世紀から20世紀初頭にかけて、遅まきながら、世界列強の植民地政略に乗り遅れたドイツが最後の拠点此の西南アフリカを東アフリカ地区ののドイツ領タンガニイカ(現・タンザニア)まで結びつけようとする、国力を挙げて大英帝国と張り合った名残なのです。このカプリヴィ回廊は、イギリスが東アフリカで、美味しい御馳走と思っていた貿易の最大拠点の島、Z=ザンジバルで名高い、タンガニイカ数十キロ沖合の島ザンジバル島と交換されてドイツ領となって以来のモノです。この回廊には豊かな水量のアンゴラ領から来るクワンド川に沿って東進、かの有名な、いくつもの湖沼を経て、アフリカ東岸モザンビークに流れ出る大河ザンベジ川に繋がるので、そのクワンド川が、ザンベジに繋がるまでを、アンゴラ宗主ポルトガルと、ザンビアとボツワナ・ジンバブエを当時領有していた英国から譲り受けたわけです。この合流点付近近く200kmは平地で、合流点のあと2-30kmで、急に、平地の中にある複雑な地溝にザンベジ川が、急に川幅約2000mそのママ100m 余も側溝の中に崩れ落ちるのです。これが、南米のイグアスの滝と並び称せられる、世界2大大滝、ビクトリヤ滝です。musi.jpg
世紀の大探検家、リビングストンが、ヨウロッパ人では初めて目にしたのでした。これはナミビヤ領の話ではなくなりました。ナミビヤは2種類の砂漠の国です。西側の大西洋に面しているのに南回帰線の辺り、乾期は季節風が、海から吹かず、全くの雨なし。海辺からもうゴビの砂漠張りの地下水なしの茶色の砂漠。所々の雨水がしみ出した湖はなくもないが、07837s_2006-08-11_namib_desert lake
この國の河川は、南北国境の河を除けば一本を除きあと12の川はいずれも季節河川か尻無し川。砂漠に消える。このナミブ砂漠に住む動物は、水なしでも生きられる生態のモノ8-9種類にに限られるようです。たとえばトカゲ、水が欲しくなると目から涙を流し、ぺろりと舌で舐めるというわけです。北西部には水辺もいくつかあって、砂漠象と人間が共存しているようです。
もう一つの砂漠は、東国境ボツワナに近いところではではサソリとバオバブ、それに東へ降りるとボツワナ、カラハリ原種西瓜で知られる有名なブッシュマン族のカラハリ砂漠となる乾燥高原地帯砂漠です。こちらは山間や低地では地下水があるようで、沢山のバオバブほかの植物と西瓜の原種などがあるようです。

まあ植民地獲得競争に出遅れたドイツはこんな割喰ったところでも領有したかったのでしょう。こちらの白い砂漠は、日暮れ以降はサソリがウジャウジャ出てくるので、エビや蟹のように、逆に食い尽くす覚悟がないと、暮らせないようです。ブッシュマンの北に住む種族はそのものズバリ彼らの言葉で「サソリ」なのだそうです。

蛇足的に映画の話。砂漠の映画では「飛べ、フェニックス」(1965年米)とそのリメーク映画ジョンムーア監督の「フェニックスの飛行」だが、いずれも原作小説は一つだが、砂漠の砂が違ってしまったので、設定を変えざるを得なかったようです。1965年の方は白い砂の砂漠なのでサハラ砂漠の設定、双胴双発輸送機はC-82、フェニックスは北へチュニジアまで脱出する。一方ムーア監督は安いコストのナミブ砂漠で撮影したため、マッチャッチャ茶色の砂なので、ゴビの砂漠に設定変更、双発双胴の輸送機は、C-119を使用しています。南へ中国に脱出です。
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テーマ : アフリカ - ジャンル : 海外情報

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