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アフリカに戻りFiFA WCの南ア

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例によって、地図と交信カードです。先ずは岡田ジャパンのW杯初勝利おめでとう。さい先良いスタート。
この國、人種差別の国でした。1990年に白人政府が行きづまり、獄中生活27年の指導者マンデラに黒人を束ねることを条件に1991年ロベン島の刑務所ロベン島刑務所sc
というより強制収容所というべき全島刑務所の島からマンデラを釈放、40数年に及ぶ、人種差別の政治に幕が引かれ始めたのでした。あれから20年、この國は?国歌にあるように神はアフリカにも祝福を,,,のビックリマーク!は今、、、
FIFA W杯が始まったばかりですが、、、競技に行かれるカタ、関係者はご苦労様です。世界で今治安が悪い国の5指にはいる国なのです。無線が届け出だけで出来るからと入国されるカタ、無線機の強奪は勿論拉致、強姦(むろん男でも)の危険も日本の数百倍高い危険率であるとお考え下さい。女性レイプの実態については産経新聞のこの記事が参考になるでしょう。銃砲刀剣強盗は日本の350倍の日常茶飯事。

誰でも夢を見ているウチは怖い夢でも実は現実は平穏です。大統領の個人平等1票の選挙で、マンデラが大統領になるまでが、この國が一番静穏が続いた時期だったようです。マンデラが圧倒的支持を得て、1994年大統領の座につき、アパルトヘイト40数年の残光は消えましたが、白人以外のすべての改革期待があまりにも大きすぎたために、実現に到らぬ不満が渦巻くことになり、もの凄いカイオスの時代が始まってしまったのです。1990年白人政府が投げ出したのは当然経済の行き詰まり、、、左右黒白を問わず誰が舵取ろうとも経済はそう一挙に回復は望めませんね。それが簡単に理解がいく人達ばかりではありませんでした。マンデラが出獄を許されたときは既に71才。6年の任期を努め、老齢に激務に耐えかねて惜しまれながら引退。現在は有色大統領3代目。何しろ公用語の種類だけでも10指に余る多民族国家。そう簡単に利害を超えての全体の協調がはかれる筈もないところへ、20年の間にアパルトヘイトの時代を知らない人口が2000万を超えることになって「自由平等のはき違え」*)が起こり、マンデラの精神基調も何処へやら。もの凄い風化が始まり、且つ、新自由主義の採用から、廻りの国からもっと困窮民の労働力流入が起こり、安い労働力提供が始まってしまって現在失業率が24%台、これに生まれつき労働に全く関心なく且つ学ぶことをしないのが6-8%もおり、これを分子分母に加えると、、、4780萬人口のウチ1500万人を超える働かないで喰おうとしている人がいる勘定。で只廻りからの安い労働力をたたきつぶして飯のネタにしようとする層が出てくる。これでは治安も何もあったモノではない。
*)日本もこの戦争前後の苦難の現実を知らない人口が増えて「自由・平等のはき違え」により堕落の道を落ちる国の一つ。参考:藤原正彦著「この国のけじめ」ほか。

FiFAW杯は、この事には目をつぶって、、、只マンデラ解放20年記念と当時のラグビーW杯優勝の事実を祝ってのここでの開催と決め、厳重注意事項に開催期間中には自動小銃強盗・拉致事件などが開催地や首都や空港都市に発生しない警戒を約束させたにとどまっているようです。観戦に入国に身の回りの安全の保証はないことはご承知でお出掛け下さい。

尚この國の首都はジョハネスバーグやケープタウンではなくて、ずっと内陸のプレトリアという飛び離れた場所にあることをお忘れなく。トップの地図をとくとご覧あれ。
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テーマ : 南アフリカ - ジャンル : 海外情報

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