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濃尾大地震を調査した建築家・ジョサイアコンドル先生

ジョサイアコンドル*)先生は、明治17(1884)年まで鹿鳴館時代のお雇い外人教授で、帝国大学令以前の工部大学校の建家学科の先生でした。その後、政商グラバーに招かれて大学校の仕事を辞し、長崎のグラバー邸の建築設計をしています。教授辞職後は三菱の食客で、三菱の依頼により丸の内のオフィス街計画の調査、と街区の概要設計などしていたときに濃尾大地震でした。
コンドルは民間建築屋になってからは、いろいろ名士お偉方の邸宅を次々設計していますが、殆どが関東に集中したために、前半の作品が、地震が想定外で、みんな後の関東大震災で潰れるか灰燼に帰しています。
濃尾地震等の滑り方向007mc
明治24(1891)年10月28日午前6時半過ぎ、日本内陸直下型でマグニチュード8.0という大地震が、全国をふるわせ、その後も烈震余震10回ほどモコの濃尾地区をふるわせています。この地震に、グラバーが三菱・岩崎氏にコンドル先生をこの地震の調査に送るべきとサジェストしたので、コンドル先生も現地に立ち入り、1期生の弟子の作品名古屋電信局の大破等を目の当たりにして、、、.初めて日本が地震国だった!と認識を新たにして、以後は、耐震設計を心がけ始めています。しかしそれでも、関東地区で、関東大震災を耐え抜いた作品は僅か、品川区の旧島津邸、現・清泉女子大学本部と綱町の三井クラブぐらいしか残っていません。濃尾の大地震跡の被災地の家の倒壊跡を見てきても、彼自身に地震の初動の激しさの経験がなかったから、木造・壁土の家はダメで、モルタル目地の煉瓦や、石造り・コンクリート製なら大丈夫と踏んでいたようです。まだ鉄筋コンクリートにする鉄筋の引抜製鋼業は日本では到底そこまで進んでいなかったのでした。日本側では木造でも直角柱と敷居や梁だけでなく、壁に木の字の斜柱補強を入れ、木工組木差し込み細工だけでなく、梁と柱の組木には必ず鎹止めを斜めに噛ますことで喩え壁土は落ちてもかなりの耐震構造にできることをこの地震を経験した大工の棟梁達は案出していたようです。
実は、本震の3日前の10月25日の夕にもこのあたりの震源で、激震があり、後からは、この濃尾の烈震の前震であったかとされたわけですがこのときも本震も、根尾谷からかなり離れた大垣の西、安八郡、墨俣、羽島笠松、愛知県側でも葉栗郡、春日井郡などで、却って倒壊率が90%を超えると言う事実調査結果が出て、初期震動の激しさの伝わり方に波状の強弱があったのか、沖積層下の目に見えない別の東西断層も動いたのか議論の割れるところだった様でした。
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ジョサイアコンドル画像sc
日本近代建築の祖といわれたジョサイア・コンダー教授の設計でも、あとは無惨に崩れ落ちたりしたのです。ナーンデカ?
設計の仕様の詳細が説明不足だったこと、西洋には普通にあっても日本にはその材料が未だなかったことの常識の差、施工監督監理が行き届かなかったことに拠る行き違いです。
当時西欧では殆どが煉瓦積みでも、目地はセメントモルタルで積み、2ヶ月も経てば80%以上の強度が出ていましたが、日本には未だセメント会社もない時代でしたから、当然常識的には伝統の目地、漆喰、、、何百年かかる鍾乳石と同じ原理で硬化する石灰乳の炭酸ガス硬化で水が水蒸気気化していくゆっくりズム硬化作用。30-40年では厚さ1mmも硬化は進んでいないのでした。コンダーことコンドル先生は、ここで建築雑誌に記録と共に、耐震設計しても、漆喰目地ではダメ、煉瓦積みでもセメントモルタルが絶対に必要。さすればコンクリートの需要喚起と共にセメント工業の設立が肝要と、、、説き起こします。関東では横浜淺野、九州では麻生などの個人企業更に他でも地区合同のセメント工業が急遽スタートするわけです。しかし設計仕様に謳っても入手困難な材料は施工監理がずさんでは代用使用で、、、どうにもならない時代でした。
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*)註:日本では何故かジョサイアコンドルですが、、、彼は生粋の英国紳士、Prof. Josiah Conder デス。
それが名前の方はジョサイアと呼びながら、姓の方は何故コンドルなのでしょうか?明治初年、このお雇い外人教師を受け付けた、文部卿の係のモノが、どうやら緒方洪庵塾(英学系)のモノではなくて、幕府蘭学系のモノだったセイと思われます。名刺を見て、係のモノがジョシア・コンドルと言ったので、その場でコンダー氏が「ジョサイア」と訂正したモノと思われるが、、、コンドルの方は気づかずそのままカタカナ名前にされて登記されたモノと思われます。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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