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タバコが止められないヒトへ、、、

残り少ない人生、、、と思えば思うほど、「光陰矢のごとし」の矢の早さがスピードを増し、もう一年の半分が過ぎてしまいましたが、遅々としてやり残したことが、まとまって出来ない日々が続いています。思えば20年前の6月に、タバコを止めたら少しは生活の密度が上がり、残り人生に出来ることがちょこっとは、増えるかな、仕事の歪みに耐えストレス緩和に資するために、多い日には、80本ほども一日20時間のうちに吸うこともあるという、ヘビースモーカー、それも、14歳の時からでした。親父がヘビースモーカーならいいが親父に言わせると、「オヤオヤ譲りだ!」という爺さんも、火鉢の前に座って、日がな一日、吐月峰脇に置いて、時々道行くラオ屋を呼び止めて、キセルのラオを蒸気で吹かさせて、ヤニ除去した長い目のキセルで、刻みタバコを吸っていました。いい喉で、詩吟を朗じ、若い頃は、爺さんも親父も尺八をやっていましたが、このヘビースモーカー2代いずれも肺ガンにはかからず、爺さんは老衰的大腸カタルとかで、親父はまっすぐ死んでも胃ガンで死にました。吐月峰  灰吹き
町行くラオ屋
それよりも、ニコチンのように蛇はのたうち回らないかもだが、
Pm2_5nikurabereba.jpg
このPM2.5などのシンタードオア灰燼の方が呼吸器には直接害だと思います。
ですから、インターネットや書店に積んである本のように、、、「タバコは癌のモト」は嘘だ!派で50年、恋女房や娘にまで「タバコナンで止められないの!」と言われ続けても、、、でした。あるホンのチョイとした出来ゴゴロで、ちょうど丸50年の節目をシオに喫煙生活に、さよならできました。
ですから、自分が止めたからと言って、ヒトに禁煙を強いるつもりもなければ、タバコの害も説いてみたことはありませんでした。日本では酒税とたばこ税は重要な税収入財源でしょうし、、私自身ざっと見積もって、マル50年間に20万円近くのタバコ税を納めたかも知れません。吸いたい方はお吸いになってかまいません、癌は、13人に一人はタバコ吸わないヒトでもかかるのですから。タバコ吸ってもヘビースモーカーでも5人に4人は癌などかかりませんし。只はた迷惑な吸い方や、ポイ捨てなど、自らの人格を自ら傷つけるのはおやめになる方がおためだと、申し上げます。

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フレンチホルンからの連想が産んだと云うLC回路

既にLC回路は、アメリカのアームストロング教授が、思いついて実験の結果発表しようとしたが、このLC同調回路を使うと、電波の受信および送信に非常に役立つ、それならばそれらの同調回路を応用した受信回路をの代表的なモノまで含めて発表して、世のために役立てよう、、、とした話は、このブログにもしっかり書きました。
17-8年前に発行し続けていた手書きのパピーニュースレターが断片的に出て来て、それの通巻第122号に、同様のことが更に詳しくかかれて居て、そのアームストロング教授の、この発見に関することは、私が、親父の蔵書か、ローカルの満州事変の陸軍の無線通信隊所属だった先輩から借りたかいずれかは忘れましたが借りて読んだ「無線と実験」誌に、当時は大抵の著者は本名を名乗って書くのに、自分は未だ一人前のヒトにモノを教える身分でなく書生の身分だからと、、、編集部K.S生とローマ字頭文字だけを名乗った、その実後年のJ2PU/JA1AD 斉藤健氏(昭和9年-11年3年間米国MITに留学・洋行帰り!)が、洋行帰りの土産話として書き留められたモノからとして、パピーニュースにも書いていました。
それに拠りますと、、、、アームストロング(強腕)先生は、実験で疲れた頭を休めるには、何よりもせっかくのボストンですから、、、オーケストラの、音楽を聴きに行くのだそうです。ある夕べ、オーケストラに癒されながら、ひときわハモった、フレンチホルンの共鳴音に魅惑されて、、、おや?っと気づき、あの小腸がグルグル巻いたような、フレンチホルンが、アルトサックスよりもっともっとまっすぐなイングリッシュホルンなどのまっすぐ縦笛と共鳴する、、、そんなら、波長と云う長さのあるモノも、フレンチホルンのグルグル巻き!ウン?そうだッ!、、、と音楽の途中で、そーっと席を抜けて、、、実験室に飛んで帰り、グルグル巻いた、ソレノイドコイルとコンデンサを組み合わせルと、いろいろな波長に同調共鳴させられる!イングリッシュホルンのまっすぐ長い音も、グルグル巻のフレンチホルンに閉じこめることが出来る!つまり、長い波長の電波も、コイルを使えばLC回路に閉じこめられる!と云うことをこの晩、見つけたのだそうでした、、と「無線と実験」誌の昭和11年の秋以降か12年の初め頃かの号に書いておられました。
eng frech,

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Trio時代の送信機キットTX-1とコイルキットKX-1

年内にブログ記事数を240という纏まった数に揃えるために緊急発進です。こんな写真からスクランブルしましょうか。JA4HL002mc_20121231003006.jpg
机の上に紐綴じ金文字黒表紙のCQ出版の最初の全局局名録が見えますので、JA4HL予備免許からほぼ一年経過後の、中国電監が出張予算がなくて、陸の孤島までたった一局の落成検査にはいけないョ、、、と3年の予備免許期間が切れるまで落成検査を待たされるコトになるとは知らぬころ、、、私はまだ若いですねえ、58年前ですね。
さて、、、受信機は9R4,送信機はTX-1というTrio ブランドのキットをCQ出版社の代理部高槻無線kkの通販で買い夜な夜な頑張って組み立てたモノです。受信機の上の段のSignamaxという6BA62球式のPreSelecterもTrioのキット組み立てです。当時は、完成品も割高に感じたし、完成品買っても、運送取り扱い中に壊れることが怖くて、とても完成品を買うことは出来ませんでしたね。キットなら積み替え中に放り出されてもまず、傷つく程度で、機能的な破損の心配はないですから。終戦後10年経たぬころは、まだ汽車で来る貨物の大半は馬力荷車運送で配達されていましたから。

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真空管回顧録13 ラジオロケーターに使われていたEIMAC超短波用三極管

ラジオロケーターという言葉がおわかりになる方は、激減中のことかと、、、。しかも頭に「ろ*獲」(ロカク:最近の日本語変換機能では出てこなくなった)つまり敵軍が放置して逃散したので労せずして頂戴した戴きモノの意味、昭和17年2月にシンガポールを攻略した、山下奉文率いる軍がイギリス軍が置き逃げしたラジオロケーターを頂戴したのが、日本がラジオロケーターの実物に出会った初の出来事ですが、その後フィリピン攻略軍も、マニラ郊外の丘の上でどうもまだ試験中だったと思われる、ラジオローケーターをロカクしています。この「無線と実験」昭和18年1月号所載の記事はその米国製のモノと思われます。
断っておきますが、当時のこの種電波の反射でモノとの距離・方角をとらえる日本語「電波探知機」は、ほぼこの英国で先に完成実用化された「ラジオロケーター」で、シンガポールにあったモノが既に実用されていたモノでした。映画「トラトラトラ」(日米合作)に出てくる、ハワイにあった米軍配備中のはイギリスの情報に基づいて米国で試作された試験中のモノで、この記事のフィリピンでロカクされたモノと、ほぼ同時期のモノと思量されます。何でもがアメリカが先と思わないでくださいね。この時期には別のことが起こっていますよ。ドイツはウルツブルグの本にもあるようにもっと短い㎝波でアンテナにパラボラアンテナを使って方向距離探知の精度を上げようとしていましたが、英国は、何より実用化が先と、メートル波での、送信には八木宇田アンテナを、受信には複雑大型アンテナを回しての検出精度の向上を目指していたようです。
この「無線と実験」記事はたまたま私がSKされる前の先輩、exJA2TYM故・水谷OMから戴いた雑誌で、このコピーをとった後、他の本と一緒に、JARL技術室に送ったと思います。そのコピーの原コピーを探しましたが出てこず、20年前の私の手書き「パピーニュース」時代のニュースレター第18号からのまごまごコピーで、証拠写真程度で内容の読み取りは難しいかと思いますが、、、一応1ページ宛で、見開きの写真は分断ですが、示しておきます。同誌同号56頁と57頁です。
eimac三極管記事mc001
eimac三極管記事002
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*)註:写真で示した文の第1行目にあります、、、「皇軍によってろ獲された」の「ろ」のところの漢字デス

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初めての人造樹脂を作った、ベークランド博士のちょいとした挿話と絶縁物の歴史

25年前、手書きパピーニュースNo.8号の混ぜっ返しで恐縮。この頃はまじめにいろいろな化学史を図書館利用して、調べていましたし、ちょうどノルマンデイー在勤勤務中でした。
その中で日本では見つけられなかった挿話でした。電気が、見つけられたのは、古く、静電気とともにかなり古く、異種金属の接触電位差や、それを化学薬品特に酸につけると、電気が走る、ということが、古代文明メソポタミア時代にさえも既に医療に使われた形跡があるということが言われ始めています。
静電気はほぼ解明されて、直流的にはむしろ高絶縁物の両面に二極分化が起こって電気層が出来るために静電気が帯電する、、、とわかってきましたが、、、絶縁物というモノとはどんな歴史があったのでしょう。
今はそこいら中にプラスチックが氾濫していますから、電気絶縁物には事欠きませんが、第二次大戦直後までは、そう簡単にはプラスチックが見あたりませんでした。
広島原爆記念館の焼けただれた洋服に、プラスチックの赤いバラの花のボタンが付いたモノがあるという文を書いたおばさま記者がおられますが、とんだ考証間違いだといえると思います。昭和20年夏現在の戦時中に合成樹脂として存在した人造樹脂は、色のつけられない、ゴム、エボナイト、ベークライト、尿素樹脂しか開発はされて無く天然樹脂もアンバーかシェラック樹脂で赤の着色が出来るはずはなく、それらもまだとてもボタンに成型できるような技術にはとても手が及んでいませんでした。せいぜい堅くてもろい板に出来る程度まで、でした。 当時のもう一つの可塑性成型物の可能性はセルロイドですが、これは爆薬・硝化綿に樟脳を可塑剤として入れたモノでとても引火しやすい発火姓物質、原爆のピカドンの下で燃え残る可能性皆無の代物!デス。本当に赤いバラのプラスチックであるならそれは東京オリンピック以降の昭和40年代以降のまがい物の混入でとても広島原爆とは関係ないモノですね。
戦後すぐといっても8年後の昭和28年にアマチュア無線を開局された、二文字OM神戸のJA3DO塩崎さんは、戦前のアマチュアがやったと同じように、、、5m-TXj2os_20121108133209.jpg
まな板送信機で実験したと、そのブログ(青い字をクリック!)に絵を描いておられます。まだそれほどにモノが裕福には出来ていなくて乾いた堅木は、十分に電気の絶縁板であり得た時代でしたから。中国語では今でのベークライト(石炭酸・アルデヒド縮合合成樹脂)で固めた木質(木繊維や木粉)の絶縁物を「電木」とわかりやすく呼びますね。このベークランド博士が見つけたベークライト樹脂TR)は、それほどに堅すぎて、一寸のことでは、気鋭の鋸も刃がこぼれるほどなのです。

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