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戦後日本初運航の民間機は?

「敗戦」日本というべきを柔らかくも「終戦」、更にその武装解除・占領に上陸してきた「占領軍」を「進駐軍」と呼ばわしめたのは、他ならぬ「大政翼賛」「挙国一致」「前線と銃後」「学徒出陣」などを造語して、軍部と連動して戦争を煽った希代のオピニオンリーダー、元ジャーナリスト徳富蘇峰翁と呼ばれた爺さん。
その「終戦」後は、「進駐軍」のGHQによって日本の航空関係の一切の活動が禁止されていましたが、「占領体制」から、日本政府による自治への講和条約規定での体制移行(昭和27年1月・日米行政協定締結)を前に、昭和26年10月に民間航空の再開許可が出ますが、更にそれよりも一歩先んじて、読売新聞社によって「チャーター機の使用による」「終戦6年記念」みたいにして招待客を乗せた、民間機による日本一周飛行が行われました。
c46cat B-848
台湾の中華民航・CAT航空からチャーターした垂直尾翼には国籍「中華民国」マーク、そして機首の両側には、小さいながらも日の丸マーク。当然機体マークは台湾B-848の識別マークのママの「よみうり平和号」、機体は、米国・カーチスライト社製C-46型2000馬力エンジン双発3翅ペラの「コマンド」旅客機でした。

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戦前、戦中は「無電」、電報送受は女性逓信電信技手だった、、、

007映画ではなく、ホンモノの英国スパイでも、第一次大戦もっとも有名な女スパイがマタ・ハリ、、に始まって、
220px-Mata_Hari_15.jpg(因みに、昨年2013年10月19日、マタハリのオランダの生家が美容院として使用されていたが、、、失火により焼失したことが報じられました)
第二次大戦では、ヴァージニア・ホール、原爆秘密をソ連に売ったエセル・ローゼンバーグ、フランスのレジスタンスと共同で攻撃的な、破壊活動中パラシュート降下ドイツ占領下フランス2回目の入国に失敗ゲシュタボに公開処刑された23才の美貌スパイ:バイオレット・サポー220px-Violette_Szabo_IWM_photo.jpg
夜間パラシュート入国をやってのけレジスタンスとドイツ軍拠点を荒らしまくった白ネズミとゲシュタボに渾名された、ナンシーウエイクなど、、、。女スパイは、数知れません。名が知れたスパイは失敗したからこそ名が知られたのです。日本でも、有名な尾崎秀実・ゾルゲ事件が、戦時中には、スパイ通信士専門だったクラウゼンと諜報員ゾルゲだけが裁判のあと直ぐ処刑されましたが、工作員だった尾崎秀実の裁判は戦後しっかり行われました。
日本は、短波受送信が、戦前は、未踏分野に近く、クラウゼンが水晶発振子だけもって入国、古道具屋から、買ってきて貰った、壊れたラジオや中古真空管で、日本で短波の送信機、受信機を作って、裸シャーシーを風呂敷包みで真空管2本とプラグイン・コイルは、腹巻きに入れて、運んでいたようで、日本の警察もボケで「今日も無電機らしきモノナシ、弁当箱らしき風呂敷つつみ一個のみ、、、」などと報告して見逃していたわけです。戦前戦中は手弁当でしたから。
宮崎駿監督のポルコ・ロッソ「紅の豚」にも、ヒロイン・ジーナがスパイ紛いに、押し入れ擬装の無電機でトントンツウと数字を打つシーンがありますが、、、イギリスの諜報部の、これらスパイ工作員のほかに、多くの女性スパイ秘密通信士が送り込まれていて、本国の諜報部の受信係もほとんど女性だったようです。日本の電報送受は、外人通信士にはとても読みにくい、和文のカチカチカッチ、信号でコレも電報局ではみんな女性逓信省電信技手さんたちが叩き、又受信していたわけです。紡績機織り女工さんよりは少し神経の疲れる仕事でしたが、全国的に女性の職場でした。世界中同様な事情でしたから、無電機の扱いさえ習熟すれば、スパイの分野でも無電機の㌧ツーたたきはお手の物、、と云う女性は居たわけです。

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パピーのカラオケ大将復刻版・中国地方の子守歌

手書き「パピーニュース」第3巻19号通巻第48号にJA4DOB河野さんから戴いた「中国地方の子守歌」(山田耕筰採譜編曲)に関するお便りを紹介しています。パピーがフランス住み込み6年余の勤務を終わって帰国して、まだ1年経たぬころでした。多分承前のカラオケ大将(賞を文字ッ他)記事に対しての、お便りの筈です。この歌が世に出た昭和10年代の初め頃、山田耕筰は茅ヶ崎の東海岸6号地居住の頃ですが、自己流のクラシック音楽作曲の方を何故か中断して、北原白秋の詩に作曲することに熱中します。この中に突然、この中国地方の子守歌の紹介が昭和13年に現れたのでした。この子守歌の地方性は、歌詞の発音の特徴によって、岡山県の総社より西の地域とハッキリ判ります。ナーンデカ?それはね、、、
komoriuta in ja4 ph-1mc
この♪シャッシャリマーセ、、、です。さしすせそのさが、シャ、、、先生がシェンシェイ、,,がこの地方の方言発音の最大特徴。従って、、、聴きやすく糺せば、、、「ねんねこさっしゃりましょ、、、デスね。では、元尾道工業高校の英語のシェンシェイ、、河野先生からの20年前の、、、お手紙です。

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真空管回顧録15 四極管スクリングリッドの功罪と5極管

新しくタイトルを起こして回顧録を続けますが、写真は昨年[ノスタルジア鉱石検波器、、]でお目に掛けたこれから始めましょう。1932-1933 57改その項にも一寸ふれたように、、、1925年ケネリー、ヘヴィサイド弟の両博士が、成層圏のずっと高いところ、或いはオーロラ層に近いところまでに短波帯の電波を反射するような何らかの層が存在するのではないか?と言う推論仮説を殆ど同時に発表して、科学界は、この「ケネリーーヘヴィサイド」層の存在の実証事件に沸き立っていました。1年ほどで、垂直に打ち上げる電波でさえ跳ね返ってくることがあることが判り、短波でも、どうやら中波でも、中短波、さらにはデカ・メートル波、と波長の長さによっても、反射する/しないの区別があるようだとなって、、、侃々諤々、、、ひとまず、ァイオニックレヤー「電離層」、と言う一括名になりましたが、丁度その頃、真空管に画期的な耐熱超絶縁補助材料を提供するコトになる、アメリカで大雲母田鉱床が発見され大量に纏まって大面積の板状産出で、、電気機器業界はマイカの用途の開発、熱と電気の同時絶縁できるこの材料の応用再考慮に、大変な騒ぎになったわけです。クリーニング屋さんの火熨斗アイロンの電気アイロンから始まって、ニクロム線の二重コイル渦巻き電熱器、投込型湯沸かしヒーター等々、用途発展はとどまるところを知らず、、、。
これが、真空管の電灯型ガラス球に肩をつけて、マイカ板で電極の上端を固定すれば、3極管より多極でも、十分相対位置保持できる!となって、ST管への進化が始まったのです。S球でも4極管224は結構使われましたが、この頃の電極の寿命途中の事故は、主に、スクリングリドの条線のサポート柱へのスポット溶接がまず一カ所外れそれが上下に伝染して崩れ落ちるという事故が多かったようです。米国では、この対策として、サポート柱に等間隔のノッチをつけておいて、そこにはめ込んで条線と支柱の接触点を上下2点同時スポット溶接するという、コトで確実性を高めて、これが、224AやST管になってからの24Aだった様です。因みに日本では、224のサフィックスAは出現せず、、、224B やUY-24Bが出現していますが、これは次に述べる、プレートから跳ね返って放射される二次電子が、スクリン格子になるべく影響少なくなるように、スクリンの格子密度と、プレートとの極間距離比を低下させた、改良版であったようです。
四極管の効用は、スクリングリッドに+電圧を掛けて、コントールグリッド制御された熱電子の流れの総数を増やし且つ、加速することによって、陽極への到達効率を高めるねらいであったのでしたが、、、スクリン格子電圧が、陽極電圧の60%前後を超えると、急激に不安定になり、むしろ到達効率が悪くなり、且つ総数つまり、陽極電流も増えずむしろ減る傾向になることが判って、、、各社大いに研究したモノらしい。第2格子で急に加速された熱電子が、陽極板に当たると、丁度、水面に石を落とすと、石は、水に沈むが、水がお釣りの水滴になって跳ね上がると言う現象同様の、二次電子の乱放射が起こることが判り、且つ衝突エネルギーが大きくなると、ぶつかった陽極面からよりも突き抜けた背面からの方も結構二次放射が起こり、これらが全部熱ロスとなり、結構な熱量の陽極デイシペイション(陽極損失)となって効率の低下を引き起こすことが判明、、、さらに、当たった面側からはじき出された二次電子は、当然ながら第二格子つまり電圧を上げたその格子に向かって突進し、中和する結果、スクリン格子の加速効果を減殺する割りにスクリン電流は増えるという逆効果を演じていることが判ってきたわけです。
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真空管回顧録14: 複合管6F7誕生

戦後の日本の「軍・ジャン」球として、自作派に便利重宝で垂涎タラタラだった真空管に5極3極複合管6F7が在りました。軍用無線機でも、5極と3極管部を別々の用途に使っていたようで、多くのヒトが、その後も、この球は元々便利な五極3極複合管として発生した球だと思いこんで居られる方が多いと思います。偶然とは、時に恐ろしいモノで、本当に恐ろしい方は、その後戦後になって、マーフィーの法則というおどろおどろしい法則に仕立てられたりしていますが、、、6F7の場ワイは偶然、本来目的では役立たずのはずが、他に便利に役立って、独り立ちの道が開けた、、、ということでした。
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昭和7年3月、以前にLC同調回路の共振を証明していたアームストロング教授の提唱した局部発振の方がより高い上側周波数による、差額中間周波増幅で安定に受信できる、つまり、オートダインや、インフラダイン、ニュウトロダインに対抗して「スーパー・ヘテロダイン」と名付けられた回路の発表と殆ど機を同じくして発売された、この周波数混合管、ヒーター電圧2.5v用2A7、6.3V用6A7が売り出されました。戦前は、この種5グリッド七極混合管は、4極管式にサプレッサー格子が無いのが特徴でした。UY235/236など4極管が、より安定なUY234五極管より、倍以上も高い56-60メガサイクル、5mバンドまで増幅できることが知られていたからでした。このため当時言われ始めたオールウエーブ全波受信機のスーパーへテロダイン回路の周波数混合にも、当然サプレッサーグリッドは邪魔になると判っていたわけです。6F7と共に世界中で使われたこの種周波数混合管を並べてみましょう。6F7も
この同類である一番の証拠、6A7とそのまま差し替えられる脚の接続も示しましょう。

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