スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ウユニ塩原などとリチュウム電池の関係

つい10日ほど前、NHK-TVの”世界で一番”というシリーズ番組で「天空の鏡のボリビアのウユニ塩原」の放送があるというので、、、南米の塩湖や塩原は、リチュウムの宝庫・世界のリチュウム埋蔵量の8-9割を南米で占めると言われるので、、、南米最大とも言える、ウユニ塩原のリチュウム源についての言及を期待して放送をウヲッチしましたが、、、針の先ほどもリチュームについては触れることのない全くの観光番組で、、(゜◇゜)ガーンでした。おそらく"世界で一番"リチュームを取りやすい形で且つ"世界で一番"の埋蔵量が目の前にある塩原でしたのに、、、何たること。NHKも程度が落ちたモノですね。尤も、TV放送では放送大学という、のがあり、Eテレではないので、低俗で済ませたのかも知れませんがね。
tenkuunokafami.jpg

続きを読む »

スポンサーサイト

3.10東京大空襲のB-29側の事

B-29のことについては既にこのブログのまえのほうで、両三度、解説しました。Internetを駆使しても、B-29の航続距離エンジンの大きさはわかりますが、、、これはあくまで規格値、実際の燃料搭載量、タンクの容量についての記載は不思議なほどまったく見当たりません。イギリスに貸与されたはずの、ワシントン Mk 1と呼称した88機のB-29に関するイギリスで戦後発行された航空雑誌のデータベースによってのみ初めて、Bー29の翼内タンク、中央燃料タンク、や爆弾倉に仮設する空輸時の増槽の搭載容積等がわかりました。ずいぶんの手間隙かかりました。
Boeing_Washington_heavy_bombers_-_1951_201503161121579c3.jpg
翼内が前縁槽x2で1320usガロン、後縁槽x2で1420USガロン、センタータンくが1393USガロンで、USガロンは約4.4リットルなので、満杯量とすると、約19キロリットルつま3りB-29一機当たり20Kリットルタンクローリー一台分の航空ガソリンを搭載して、北西風に逆らって、グアム、サイパン、テニアンから、3000kmの日本本土に飛んできてまた帰島するには並大抵の苦労ではなかったようです。B-29の仕様書では航続距離は5380km、、、当時の発信基地イズリー基地に並んだB-29の写真と、20Kリットルのタンクローリーです。
300px-Isley_field_end_of_war_lg.jpg
20kl tank ro-ri-
3月10日、の東京大空襲は、1月21日に、交代した無差別絨毯爆撃も辞せずと言う、ルメイ少将が計画指揮しました。
その指示事項は3項で、、、
1.なるべく焼夷弾を搭載し木造家屋を焼く。燃料は満杯搭載するが、節約のために編隊制約はしないので各機自己責任で追随せよ。
2.かぜがつよいので、高空はさけよ、3千フィート前後を飛べ。2機以上前を行く機の尾翼灯を見失うな。
3.(省略)
、、、イギリスの航空雑誌では省略削除されていましたが、ここにルメイの敵がい心が露骨にちゃんと搭乗員に指示されていたようです。

続きを読む »

釣り糸テグスと野蚕

『ナイロン糸が釣り糸に使用される以前は、テグスサンというヤママユガに近い蛾の幼虫の絹糸腺から作ったテグスや、スガ糸(絹)などが使用された。 釣り糸の販売は、江戸中期に徳島の漁師が薬剤を縛る半透明の紐を見て「これを使えば魚はいくらでも釣れる。」 と言ったのをきっかけに大阪の船場にある薬問屋だった「広田屋」がテグス商としてスタートさせたのが始まりである。 その漁師が実際の漁でデモンストレーションし、これによって釣り糸としてのテグスがあっという間に世の中に広まった。』、、、とはPC辞書のテグスの項の引用です。事ほど左様に、人類社会は自然と切っても切れない関係が深いのですね。台湾やインドシナに多い「楓蚕」と呼ばれるテグス蚕と『天蚕』と呼ばれる日本の「ヤママユ」です。
てぐすさんゆがyamama_sml

続きを読む »

昔の朝廷による国の名づけ

日本の政体が固まったのは7世紀の終わりで、初の行政区分と言うか、政ごとの大本をも決める律令とともに、律令国家の区分と呼び名が決められたのが、大宝律令と言われるごとく大宝元年(701年)。『5畿・7道』と58国3島がまず暫定的に決められたのだそうです。ま大和朝廷が、危機管理をするには、行政区分をしてそれぞれに長官と官府を置き治めさせるだけでなく、税調布と報告を集約せねばならないわけで、、、。ちなみに律令の律とは刑法、令とは行政法と民法に当たるものであったようです。
令制図001
120年ほどかかって天長元年(824年)までに66国2島に整理され落ちつきこれから約千年、、受け継がれていくことになったのだそうです。

続きを読む »

合併都市のハシリと新市名応募結果

平成合併もそろそろ下火になりましたが、、、50年余の昔、産業発展途上の隣接地域関係にある、屋台骨の鉄鋼工業都市と人口密集都市、それらを支える、原料・製品集散の荷役取扱の港湾都市、といった一衣帯水の関係でもあった5個の地方都市が自主合併して一大巨大都市になったことがありました。今もその5市の名はその政令行政区名に残っていますね。
北九州市政令区分図mc
その名は、戦前戦中の学校教科書にも記されたとおり「北九州工業地帯、、」ですぐ南に、戦後すぐまでの、重要エネルギー資源の担い手だった筑豊炭田地帯を背負っていました。小倉は戦前戦中の重要地で第3の原爆候補地、軍都でありました。
東京オリンピック1964が目睫に迫った前年、八幡の鉄鋼業はオリンピック景気に最大の煙塵公害をはき出していました。殆ど現在の北京のPM2.5同様の、、、。その後このために、この合併市は公害故の人口移動が福岡市など風上目指してかなり目立って動いています。又この大合併が契機となり、関門トンネルだけでなく本州への陸上流通のために、関門橋架橋推進が計られ、合併10年後の1973年に関門橋が開通しています。
関門架橋中mc赤間が瀬 関門橋図mc
では、確かに学校教科書所載の「北九州」市という一見無機質な大合併市名は、どんなことで決まったのでしょうか?

続きを読む »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。